2019年より『週刊ビッグコミックスピリッツ』で好評連載中の同名漫画(オジロマコト作)を池田千尋監督(『スタートアップ・ガールズ』『先輩と彼女』)が実写化した映画『君は放課後インソムニア』が6月23日(金)より公開される。ダブル主演を務めた森七菜(『銀河鉄道の父』『ラストレター』)と奥平大兼(『ヴィレッジ』『MOTHER マザー』)の“役を生きる覚悟”に感銘を受けたという池田監督に、本作の舞台裏をひも解きながら、その真意を聞いた。
【Story】 石川県七尾市に住む高校1年の中見丸太(なかみ・がんた/奥平)は不眠症に悩んでいた。ある日、今は使われていない学校の天文台で、偶然、同じ悩みを持つクラスメイトの曲伊咲(まがり・いさき/森)と鉢合わせする。クラスではろくに話したこともないけれど、誰にも打ち明けていなかった不眠症という秘密で繋がり、次第に打ち解けていく二人。だが、天文台を勝手に使っていたことがバレてしまい、立ち入り禁止の危機に迫られる。寂しい表情を浮かべる伊咲を見た丸太は、安らげる場所を守るため、休部となっていた天文部の復活を決意する。
●原作が伝えたいことを大きく捉えたい
――この原作を映画化してみたいと思った決め手は何だったのでしょう。
池田監督:プロデューサーからオファーを受けて、それから原作を読ませていただいたんですが、自分自身の高校時代とリンクする部分があって、当時を思い出したんですよね。主人公の二人と同じように、私も映画が作りたくて、“映像文化部”という廃部寸前の地味な部活に入ったんですが、そこがある種、自分の居場所になって一生懸命に映画を作っていたことが蘇ってきたんです。それに、その頃抱いていた世界からはぐれてしまっている感覚、自分だけが異物なんじゃないかという不安も思い出しました。主人公の伊咲と丸太も、不眠症だったり、家庭の事情だったり、それぞれが悩みを抱えながら、世界に受け入れられない感覚を持っているんですが、「天文部を守りたい」という思いを胸に、星空を見ながら、恋をしながら、世界に対して勇気を持って踏み出し、窓を開いていく姿に心を打たれました。
――池田監督は、『先輩と彼女』に続いての学園コミックの映画化となりますが、一番心がけている点、注意する点などありますでしょうか。
池田監督:『先輩と彼女』はある種わかりやすい“キラキラ映画”ですよね。今作は、私が勝手に言っているだけなんですが、“地味キラ映画”だと思っていて。わかりやすいキラキラな設定はなくても、地味に悩みながらでも、今を精一杯生きる彼らの姿を通して、その一瞬の時間がどんなに尊くきらめいているかを伝えたかったんです。それを感じさせる魅力がこの原作にあると私は感じていたので。そんな風に、実写化するときはまず、「この原作は何を表現したいのか」という核の部分を一番大事にします。それが原作者の世界を見つめる“目”だと思うので、そこだけはズレてはいけないなといつも心がけています。
――ビジュアルの整合性よりも伝えたい“核”の部分が大切だということですね。
池田監督:このシーンは原作通りにしなければいけないとか、登場人物の見た目を合わせなければいけないとか、“表面的”なことにはあまりこだわらず、原作の世界を大きく捉えたいんですよね。今回の原作は、何でもないごく普通の高校生たちの日常がそこにふっとあるような空気感で描かれているところがとても愛おしく魅力的だったので、そこは必ず映画でも表現しようと心がけました。
――今も続いている長い連載作品だけに、切り取り方も難しいですよね。
池田監督:そうなんですよ。映画化する際、どうしても凝縮しなければいけないのですが、その凝縮の仕方が難しくて。映画は映画としての軸を立ててあげないと、やはり原作の取捨選択ができないですから、ここはいつも悩むんです。この作品に関しては、撮影が実現するまでに2年半かかったので、その期間に自分自身の経験を踏まえながら、伊咲と丸太が抱えてる問題についてずっと考えていたんですが、ある時、「これは、悩める二人の高校生が生きることを自分自身で“肯定”できるようになるまでの映画にしよう」と決めたんです。肯定をするということは、イコール、丸太は伊咲に、伊咲は丸太に、それぞれが「好きだ」と伝えられることにもつながっていく。自分自身を肯定することによって、相手に思いを伝えられるようになる、そんな映画にしようと思ったんですね。
――今回は脚本家が入ってますが、原作者とは毎回、かなり密にすり合わせをされるのですか?
池田監督:これまでの経験上、漫画原作を扱わせていただいた時に、「全ておまかせします」という方はいませんでした。原作者の方や編集部によって、やり方は違うんですが、概ねこちらが書いたものを1度読んでいただいて、ご意見をいただいたり、逆にこちらから「映画ではこうしたい」と希望をお伝えしたり、結構、密にやりとりはしますね。直接お会いして話す場合もありますし、文書だけの場合もありますし、編集部の方が間に入る場合もありますし、いろんなパターンがあります。難しいやり取りになったとしても、お考えの本質をしっかり受け取り、完成した先では必ず思いを通じさせる形にしようと腐心しますね。
●主役二人の「役を生きる覚悟」に感服
――演出のポイントについて、3つお聞きしたいんですが、まず、映画全体のリズム。デビュー作『東南角部屋二階の女』はもとより、青春映画の『先輩と彼女』や本作でも感じたんですが、登場人物の感情を大切にしながら、ゆっくり時間をかけて物語を紡いでいるように感じました。その辺りはいかがでしょう。
池田監督:たぶんそれは、私という人間の生理的なところから生まれてきているような気がします。ただ、私の中では、『東南角部屋二階の女』よりは少しテンポが上がってる感じはしているんですが、第三者が観ると、そんなに変わってないんでしょうね(笑)
――映画とテレビドラマでは、またちょっと違うような気はします。テレビドラマは確かに、「あれ?これ池田監督なの?」と思うくらいテンポアップされている感じはしますね。
池田監督:映画とテレビは、いい意味で全く違うメディアだと私は思っていて、映画は、画も音も全部使って映画館の中に拘束して観てもらえる。一方、テレビの場合は、視聴者を飽きさせないためにテンポを上げて、音だけでもわかるように表現しないといけない。これが大きな違いですよね。映画になると、そこ(テンポ)は気にしなくてよくなるので、たぶん、素の私で演出していると思います。
――ということは、今回も池田監督の自然なリズムで演出されていると?
池田監督:本作に関しては、主人公を演じた二人のテンポも大きかったと思います。私はそれを信じて演出していたという感じですね。芝居をするために生まれる余計な間合いによって伸びてしまうことはダメだと思うんですが、「なるほど、ここでこのセリフ言うためには、実際、これだけの時間が生まれるんだね」というのを私が感じとれればOKなわけで。そういう意味でいうと、彼らのリズムと私のリズムとのコラボレーションみたいなところはありましたね。
©オジロマコト・小学館/映画「君ソム」製作委員会
――2つ目は、風景の撮り方。石川県は私の故郷でもあるんですが、美しい朝焼けや打ち上げ花火、満点の星空、それだけでなく、何気ない町の風景も凄く綺麗に撮っていただいて感激しました。ロケーションも含めて、撮影へのこだわりについて教えていただけますか?
池田監督:漫画原作が七尾市のいろんな場所をモデルにして描かれているので、このシーンはここを舞台にしているんだ、ということが明確にわかるんですよ。ただ、映画の方向性もありますので、原作通りの場所を使わせてもらったほうがいいところと、これは映画として新たな場所を発見した方がいいよねっていうところの取捨選択はありましたね。
――ロケ現場はとても協力的だったとお聞きしています。
池田監督:学校もそうですし、ご高齢のご夫妻が普通に暮らしているおうちもそうですが、通常だったら貸してもらえないようなところを快く提供していただきました。まず原作の力があって、スタッフも丁寧に交渉してくださって、そのうえで七尾市の皆さんが受け入れてくださったことで実現してるという場所がたくさんあったんですよね。だから、ロケ地にご迷惑をおかけすることなく、“共存”しながら大切に撮影しようという意識がいつもより強くなりました。真脇遺跡(クライマックスシーンの舞台となった古代遺跡)も、凄い山奥にあって、夜になると真っ暗なんですよ。「どうやって撮影すればいいの?」っていうところから始まって、みんなで悩んで方法を見つけていくんですが、ここでも町の人たちと共存、あるいはご協力を得ることによって美しいシーンを撮影することができた。これは素晴らしいことですよね。
――お天気次第の撮影、特に朝焼けのシーンも相当苦労されたとか?
池田監督: 朝焼けの色の変化を捉えるために何度もロケハンに行ったんですが、毎回曇っていて。聞くと、石川県って曇天が多いらしいんですよね。もしかしてこの場所って一生晴れないんじゃないかと思ったぐらい朝日が出なかったんです(笑)。それが、まさにクランクイン直前、「出るといいな、きっと出る」と願いながら現地に行ったら、その日に見事に太陽が顔を出してくれたんです。なんというか、撮影することを許していただけたという感覚。おかげさまで、凄くいいシーンが撮れて、全てが報われた瞬間でした。
――3つ目は、やはり主演のお二人。最後に本作でとても輝いていた森七菜さん、奥平大兼さんの魅力を池田監督の視点から語っていただけますか?
池田監督:お芝居をするときって、役者さんは、脚本をどう解釈して演じようかとか、監督である私とどうコミュニケーションをとっていこうかとか、いろいろ考えることがあると思うんですが、二人に共通して言える強みは、そのシーンに思いっきり飛び込んでいけるところ。自分の身の預け方を知ってるというか、いい意味で自分自身を捨てる方法を知っている。役を“本気”で生きようとするんですよ。
それって実は一番難しいことだと思っていて、やはり人間だから、防衛本能というか、「こう動こう」とか、「こう観せたい」とか、頭が働いちゃうじゃないですか。この二人もきっと怖いはずだし、たくさんのことを考えているのに、いざ本番では思い切りよく飛び込んでいくので、その場で予期せぬものが膨らみを持って生まれてくるんですよね。そういった関係性を築けたのは、私にとっても凄くありがたかったし、二人の役を「生きる」という潔さにすごく助けられました。
――野球に例えるのもなんですが、いいバッテリーでしたね。
池田監督:確かに!七菜ちゃんは本当に彩り豊かで、引き出しをたくさん持っているので、思いもしないところからボールを投げてくるんですよね。それを奥平くんはキャッチャーとして、「そんな受け方をするの?」ってぐらい鮮やかに、どんなボールでも上手にキャッチする。「こんなに柔らかくて面白いキャッチボールはなかなか観れないぞ」って思いながら、毎回現場で二人のやりとりを楽しんでいました。だから、私ができることは、二人が自由に生きられるように場をつくること、そしてそのためのセッティングですよね。撮影の前に主演の二人と高校生役のみんなを集めて、ゲームをしたり、町をお散歩したり、原作に出てくるレストランでご飯を食べたり……「この街で生きてるんだよ」っていうことを一緒に肌で感じながら進もうっていう雰囲気づくりが、彼らから自然な演技を引き出す手助けに多少はなったかな?と思っています。それにしても、七菜ちゃんと奥平くん、将来が楽しみな俳優さんですよね。
森七菜と奥平大兼が本気で役を生き抜いた感動の青春ドラマ『君は放課後インソムニア』は6月23日(金)より全国公開。二人の熱い思いをスクリーンでぜひ感じとっていただきたい。(取材・文・写真:坂田正樹)
<Staff&Cast> 出演:森七菜、奥平大兼、桜井ユキ、萩原みのり、工藤遥、田畑智子、斉藤陽一郎、上村海成、安斉星来、永瀬莉子、川﨑帆々花、でんでん、MEGUMI、萩原聖人/原作:オジロマコト「君は放課後インソムニア」(小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」連載中)/監督:池田千尋/脚本:髙橋泉、池田千尋/企画・制作プロダクション:UNITED PRODUCTIONS/製作:映画「君ソム」製作委員会/配給:ポニーキャニオン 公式HP:kimisomu-movie.com