高橋伴明監督最新作『夜明けまでバス停で』で、腹黒マネージャーとパート社員の板挟みになる居酒屋店長の葛藤を繊細に演じた女優の大西礼芳。母校・京都造形芸術大学の恩師でもある高橋監督の2011年の作品『MADE IN JAPAN 〜こらッ!〜』で長編映画デビューを果たし、以降、『ナラタージュ』『嵐電』『花と雨』など、主役、脇役に関わらず、各作品に確かな爪あとを残してきた。そんな彼女も今年32歳。ますますその表現力に磨きをかける大西にとって、今も指針となっている高橋監督の教えとは?そして自身が邁進する理想の女優道とは?
『痛くない死に方』『赤い玉、』などの名匠・高橋監督がメガホンをとった本作は、コロナ禍の影響で解雇された居酒屋のパート社員・北林三知子(板谷由夏)がバス停で寝泊まりするホームレスに転落していくさまを社会の歪みとともに描く衝撃作。大西演じる店長の寺島千春は、陰険なマネージャー大河原聡(三浦貴大)に解雇されたパート社員たち(板谷、ルビーモレノ、片岡礼子、土居志央梨)を守ることができず、胸を痛めていた。そんなある日、大河原のある“不正”を突き止めた千春は、三知子たちを救済すべく、決意を新たに立ち上がる。
●高橋監督のためならどんな役でも引き受ける
――大西さんにとって高橋監督はどんな存在ですか?
大西:大学時代からお世話になっている師匠であり、頭が上がらない存在なんですが、どこか祖父のような親しみやすさもあって、一緒にいると安心するんですよね。伴明さんからオファーがあったら、どんな映画でも、どんな役でも、無条件で出させていただきたい…それくらい信頼していますし、大好きです。
――今回のオファーも二つ返事でお受けしたわけですね?
大西:もちろんです。脚本も素晴らしかったので、本当に嬉しかったです。ただ、居酒屋の店長って、経済を回す仕事でもあるので、役者である自分からものすごく遠いところにある役だなと思いました。それにパート社員を大先輩たちが演じるので、そこに私が入って務まるのかな…という一抹の不安はありました。
――主演の板谷さんは、高橋監督作品ということでかなり緊張されたとおっしゃっていましたが、大西さんはリラックスして臨めたのでしょうか?
大西:前作の『痛くない死に方』の時は、デビュー作の『MADE IN JAPAN 〜こらッ!〜』から約10年ぶりにご一緒させていただいたので、さすがに緊張しましたが、今回は続けての出演だったので、コミュニケーションをとりながらすごく落ち着いて現場に臨むことができたと思います。
●“友情”というセリフを聞いて涙が溢れ出た
――高橋監督の現場は“早い”とよくお聞きするんですが、実際はどんな感じですか?
大西:無駄に粘らない感じですね。スムーズに撮影が進んでいくので、頑張って撮ってるっていう感覚が少ないかもしれません。ほぼ一発本番、ファーストテイクでOKが出るんですが、演者にとっては不安しかないですよね。本当に成立するのかなって。でも、きっと何かあるはずです。その方法で訓練されればされるほど洗練されていくのかなとか、ぎこちないことが連続していくほうがもしかしたら伴明さんには美しく映るのかなとか…。
――でも、完成作品を観ると俳優陣がイキイキしています。
大西:そうなんですよね。ちゃんと繋がっていて、観ているうちにこちらの心が自然と動いてるっていう不思議な体験をするんです。伴明さんの頭の中ってどうなってるんだろって、いつも思うんです(笑)
――印象的なシーンがたくさんありましたが、大西さんにとって特に思い入れのあるシーンはありますか?
大西:板谷さん演じる三知子が通っているアトリエのシーンが好きですね。板谷さんとアトリエオーナー役の筒井(真理子)さんと私の3人で会話するところがあるんですが、私が演じている千春の人間らしさというか、不器用さ、ぎこちなさがあのシーンで表現できたのかなと思って。それは、板谷さんと筒井さんが芝居をしてる感じが全くなくて、まるで普段の会話を楽しんでいるかのようだったので、自然に千春の心が動いたんですよね。それがちゃんと映し出されていたような気がします。
――確かに、あのシーンから店長と従業員という垣根を越えた友情が芽生えていきましたよね。
大西:今まで“友情”とか“仲間”っていう言葉は、漫画の『ONE PIECE』でしか聞いたことないくらいの感覚で生きてきたんですが(笑)、千春を演じている中で、その言葉を聞いた時に、なぜか涙が溢れ出たんです。それは、パート社員役の先輩方と撮影の合間に、それぞれの生活のことですとか、結婚のことですとか、それこそ情が移るくらいいろんなお話をさせていただき、それが役の肉付けになっていったのかなと。だから、「こんなに優しい先輩方が苦しんでいるのを見捨てるわけにはいかない!」って、きっと自然に思えたんですよね。
――パート社員をないがしろにするマネージャーとの攻防も見応えがありました。
大西:三浦さんがとても楽しそうに演じられていたので、それに引っ張られたところはありますね。嫌いだけれど、しつこく自分に言い寄ってくるので、「ちょっと好きかもしれない」という千春の矛盾した気持ちをうまく出せたかもしれません。長いものに巻かれながら生きているダメ男に恋心を抱く、そんな自分が恥ずかしい…みたいな気持ちを抱えながら板挟みになっている千春の葛藤もわかるような気がしました。
――三知子を通じて、ホームレスの世界も垣間見ることができましたね。
大西:大きな社会の中には小さな社会がいろいろあって、居酒屋は居酒屋でそこに社会があって、人間関係が作られています。それと同じようにホームレスの方たちの中にも社会があるってことを私は見落としていました。この映画を通して垣間見ることができたことは、すごく意義のあることだったと思います。
●年を取ってからが俳優としての勝負
――改めて、高橋監督から学んだことが今も生きているなと感じる瞬間はありますか?
大西:現場でモニターを見ないということですかね。役者なら、普通はどういう角度で撮られているかとか、どういう風に映ってるかとか、すごく大事だし、気になるところだと思うんです。角度によって自分が想像していた表情ではない表情が映っていたりするので。でも、伴明さんは、「モニターを見るな」って言うんです。それはどういう意味なのか…いろいろ考えてみたんですが、たぶん、「今、ここで生まれているものに、それ以上もそれ以下もない」ということだと思うんです。どういう風に映っていようが、その一瞬が全て。だから私は、今でも現場でモニターを見ることはありません。
――今、桜井ユキさんや松本まりかさん、松本若菜さんなど、30歳を過ぎて評価をより高めている俳優さんが増えているように感じられます。大西さんもその一人だと思いますが、改めて、俳優を志した10代、20代を振り返ってみて、どんなことを心掛けて今日まで歩んできたと思いますか?
大西:自分はきっと、「年を取ってからが勝負」だと思ってやってきたところはあるかもしれません。映画に出たい、しかもどこか古めかしくドロッとした部分を持っている作品に出たい、という気持ちがとにかく強くて、10代の頃からずっとそういう作品ばかり観てきたんですが、私が心惹かれるのは、やっぱり“大人の俳優”なんですよね。だから、自分もそういう風になりたくて、20代の頃から芝居の方向性や表現の仕方が変わっていったんだと思います。そしてそれが今の大西礼芳を作っていると思うんです。私も30代になりましたが、これからも私が「好きだ」と思えるものを信じて、それに磨きをかけていきたいと思っています。
――年を取ってからが勝負という、その先にある夢は?
大西:国境を越えて、海外の方々と映画を作る機会が増えていけばいいなと思います。国によって物事の受け取り方や表現の仕方が違いますし、例えば、若者が描くテーマも、争いの絶えない国ではテロや国際的な問題を表現するように、日本とは明らかに違います。そういうところにすごく興味があるので、視野を広げる意味でも、いつかは海外に出てみたいですね。だから今、英語を猛勉強中です(笑)
取材・文:坂田正樹 写真:高野弘美 ヘアメイク:廣瀬瑠美 スタイリスト:田中トモコ(HIKORA)
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2022年10月8日(土)より新宿K’s Cinema、池袋シネマ・ロサ他全国順次公開