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JUL 07, 2025 インタビューおすすめ

『ミッドナイトスワン』の名匠・内田英治監督が、自身の原点であるインディーズ・スピリットで挑んだ最新作『逆火』に込めた思い

『ミッドナイトスワン』『マッチング』の内田英治監督が、自身の原点であるインディーズ・スピリットを呼び起こし、名優・北村有起哉とタッグを組んで挑んだ衝撃作『逆火』が7月11日より全国順次公開される。 “感動の実話”と銘打たれた新作映画のストーリーが、もしも嘘まみれだったとしたら? “真実”に翻弄され日常が崩壊していく助監督の姿を描いた本作は、内田英治監督の原案を『サイレントラブ』で共同脚本を務めたまなべゆきこが書き下ろした完全オリジナル脚本作品。「インディーズだからこそできるテーマがある」という内田監督に、本作に込めた熱い思いを聞いた。

内田英治監督

<Story> 映画監督を夢見る助監督の野島(北村)は、貧困のヤングケアラーでありながらもビジネスで成功したARISA(円井わん) の自伝小説の映画化に意欲を燃やしていた。ところが、彼女の周辺から話を聞くうちに、小説に書かれていた美談とは程遠い“ある疑惑”が浮かび上がる。この女性は、悲劇のヒロインか、それとも犯罪者なのか…?真実を執拗に追求する野島は、撮影を中断したくない監督(岩崎う大)やプロデューサー(片岡礼子)から圧力を受けるが、一歩も譲らない彼は、やがて自身の家族をも崩壊へと巻き込んでいく…。

主演の北村有起哉と円井わん

内田英治監督 単独インタビュー

●リアルな世の中は映画よりも恐ろしい

――映画制作の裏側を通して、貧困にあえぐ少女の生き様に真正面から向き合った衝撃的な作品でした。原案は内田監督だそうですが、このテーマをインディーズのフィールドで映画化しようと思った経緯を教えていただけますか?

内田監督:もともとインディーズ出身なので、昔は小作品を中心に映画を作っていたんですが、「全裸監督」(Netflixオリジナルシリーズ/2019)以降、公開規模の大きな作品を手掛けることが多くなってきたので、久しぶりに自分が興味を持った題材を、完全オリジナル脚本に落とし込んで、より自由に、よりリアルに描いてみたいなという気持ちが高まりトライしました。自分がインディーズで育ててもらったという思いがあり、また、インディーズの火を絶やしたくないという思いもあるので、今後、何年かに1回はこういうスタイルで映画を撮りたいと思っています。

――今回は、『サイレントラブ』のまなべさんが単独で脚本を担当されていますが、これは何か意図があったのでしょうか?

内田監督:最近、まなべさんと一緒に仕事をすることが多いのですが、相性がいいんですよね。今回は僕の方からベースとなるストーリーをお伝えして、細かいセリフや構成に落とし込んでいただいたんですが、彼女の独特の世界観が素晴らしい脚本へと導いてくれました。

――それにしてもラストはあまりにも衝撃的でした。これは脚本の段階で決まっていたんでしょうか?

内田監督:オープニングとエンディングは原案の時点で決まっていました。野島家を通して一つの家族の在り方を表現しただけなんですが、リアルな世の中ではもっと恐いことが起きているので、この映画に関してはあの終わり方しか選択肢はなかったです。先日も歌舞伎町界隈で撮影があったんですが、トー横キッズ(新宿東宝ビル横に集まる若者たち)は今、道端から排除されて、みんな点々バラバラ、いろんなところに散らばっているらしいですね。いつの時代も家庭からスポイルされた子供たちが都会でたむろし、とても危うい状態にあったりするのですが、その現状が悲しくてとても胸が痛みます。

――映画のモデルになった子はいるんですか?

内田監督:ある少女のインタビュー動画を観て衝撃を受けました。彼女は中学時代に家出し、5年くらい歌舞伎町に棲みついているんですが、「この世からいなくなりたい。でも、その勇気がないから…」という言葉があまりにも生々しく鮮烈で…。明確にモデルにしたわけではありませんが、その印象が無意識のうちに映画に投影されているかもしれません。

――少女の貧困生活を描いた映画が称賛される反面、この問題に本気で向き合い、寄り添っていたか?という本作の問いかけが胸に迫ります。内田監督自身は、映画作りの中でこういったせめぎ合いに苦しんだことはありますか?

内田監督:そもそもこの映画自体がそうですよね。社会問題に関心のある映画ファンや僕らを含めた映画関係者、マスコミの方々は、ある程度、興味を持って観に来てくれると思いますが、肝心の当事者である子供たちは、まず観に来ないですよね。わざわざ映画館に足を運んでくれる子なんていないと思います。つまり、描いているものは社会の底辺でも、実際に観ているのは意識高い系の方々がほとんど。僕自身そのギャップにジレンマを感じます。

――本作のようにメッセージ性を大切にするか、エンタテインメント性を優先するか、これもリアルにありそうですね。

内田監督:メッセージ性のある作品でも、人に観てもらえなかったら映画の意味が無くなってしまうので、そこは凄く考えますね。『ミッドナイトスワン』なんかもそうでしたが、オリジナル脚本は特に、作ったあとのことをめちゃめちゃ考えます。「お客さんはほとんどいなかったけれど、いい映画だったね」じゃダメなわけで、よりたくさんの方が観に来てくれるように、こうした取材を受けたり、舞台挨拶をしたり、宣伝活動に尽力するというところで折り合いをつけている感じですかね。あとは、自分の思いだけで一方通行に何かを描くのではなく、観てくれる方が面白いと感じてくれるいわゆる“娯楽要素”を入れることも大切かなと思います。ドキュメンタリー映画を作っているわけではないので、娯楽性の中に社会性を一つでも見つけてくれたら…そんな風に思いながら気持ちを落ち着かせています。

――俳優さんにも少し触れておきたいのですが、映画制作と家庭問題の狭間で揺れる助監督役に北村さん、実話と銘打った自伝小説が嘘だらけだったARISA役に円井さん、この二人が素晴らしかった。本作に起用した理由を教えてください。

内田監督:映画監督はみんな北村さんが大好きだと思いますが、僕もその一人。演技のリアリティーが半端ないんですよね。「役を生きる」という言葉がありますが、それをちゃんとできる方だと思います。だから彼を主演にお迎えして、しっかりとご一緒したかったというのはありますね。円井さんは結構昔から知っているんですが、とにかく不思議な存在感がありますよね。そこにいるだけで目を引くというか…。役者にもいろんなタイプがいると思いますが、“演技のリアル”と“存在感のリアル”がうまくかみ合って、二人のバランスが絶妙によかったです。あと、かもめんたるの岩崎う大もよかったでしょ?たまたま観た演劇に出ていらっしゃって、凄くいいなと思って声をかけさせていただいたんですが、こういう自由なキャスティングもインディーズのいいところかなと思います。

●ブラジル生活で染みついた負の人間観察

――厳しい状況に置かれた人間に寄り添いながらも、その問題点に容赦なく斬り込んでいくところに“内田ワールド”を感じるのですが、今後も負を背負った人間と向き合う映画を中心に作っていくんでしょうか?

内田監督:そういうところが内田ワールドだとしたら、それは打ち破っていきたいですね。次の作品(『ナイトフラワー』)もそうですが、負の人間ばかりを描いてきたから、そろそろ陽の当たる人間を描いていきたいなとは思っています。

――ただ、ちょっと変な言い方かもしれませんが、根本的に負の人間に惹かれるところもあるんじゃないですか?

内田監督:それはありますね。僕はブラジルで生まれ育ったんですが、当時、貧困問題が深刻化して大変な状況でした。僕はある企業の駐在員の子だったので、比較的いいマンションに住まわせていただいていたんですが、すぐ横にファヴェーラ(貧民街)があって、そこに住んでいる人たちの悲惨な暮らしぶりって日本の比ではないんです。ただ、逆にそこから生まれるパワーって物凄いんですよね。つまり、大変な状況にいる方が必死に生きようとするわけで、そういう方たちの負のパワーみたいなものを感じると、正直、映画の中で描いてみたいという衝動に駆られるところはあります。とは言っても、やや描きすぎたかな、という自覚はあるので、これからは、コメディーやホラーなど、ザッツ・エンタテイメントな作品も少し力を入れてやっていきたいなと思っています。

――その合間にご自身の原点であるインディーズのフィールドで挑戦的な作品にも取り組んでいきたいと?

内田監督:そうですね。徐々にインディーズという文化が消えつつあるんですが、こういうスタイルが無くなってしまうのはもったいないですから。若い作家たちの発表の場でもあるし、自由に映画を撮ることができるという場でもあるし、僕は継続させていきたいなと思います。商業映画はお金がかかり製作するのは大変ですが、インディーズ映画は、作りたいという情熱があれば作ることができますからね。

(取材・文・写真:坂田正樹)

<Staff & Cast> ■出演:北村有起哉、円井わん、岩崎う大(かもめんたる)、大山真絵子、中心愛 / 片岡礼子、岡谷瞳、辻凪子、小松遼太、金野美穂、島田桃依■原案・監督:内田英治■脚本:まなべゆきこ■音楽:小林洋平■プロデューサー:藤井宏二、関口海音■キャスティング:伊藤尚哉■撮影:野口健司■照明:後閑健太■録音:高田伸也■助監督:佐藤 吏■スタイリスト:川本誠子■ヘア&メイク:板垣実和、藤田さくら■制作担当:梶本達希 ■編集:小美野昌史■VFX:若松みゆき■音響効果:堀内みゆき■宣伝プロデューサー:大﨑かれん■製作:映画『逆火』製作委員会(Libertas/Yʼs Entertainment Factory/DASH/move)■制作プロダクション:Libertas■配給:KADOKAWA■2025 年/日本/108 分/カラー/シネスコ/5.1ch/PG12 

©2025「逆火」製作委員会 

映画『逆火』は7 月11日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次公開

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