イーライ・ロス(『グリーン・インフェルノ』)、エドガー・ライト(『ベイビー・ドライバー』ら世界の映画作家たちが偏愛する傑作サスペンススリラー『ミュート・ウィットネス』が8月15日(金)よりデジタルリマスター版で30年ぶりにリバイバル上映される。これに先駆けメガホンをとった鬼才・アンソニー・ウォラー監督がインタビューに応え、当時の撮影状況や本作への思いを語った。

イーライ・ロス監督に「これこそ私がやりたい映画だ」と言わしめた本作は、巨匠アルフレッド・ヒッチコック、ブライアン・デ・パルマを継承するに相応しいアンソニー・ウォラー監督(『ファングルフ/月と心臓』)の長編映画デビュー作。当時、予算を絞るためモスクワでロケを敢行するも様々な障害が撮影隊を苦しめ、結局、製作費が2倍に膨らむという極限のストレスがウォラー監督に襲いかかる。
だが、そのストレスを逆手にとって、彼は一筋縄では行かない現場の空気感をそのまま物語の中に取り込みながら、殺されそうで殺されない、捕まりそうで捕まらない、完璧に計算された緻密な“すれ違い”サスペンスを展開させる。そして、ヒッチコックの傑作『サイコ』から学びとったメソッドがこの作品に“ある効果”をもたらしていると語っているが、それは一体何なのか・・・

<Story> 特殊メイクアップアーティストとして働くビリー(マリナ・スディナ)は、姉の恋人が監督するホラー映画の撮影のためモスクワのスタジオを訪れていた。ある日の撮影後、彼女は忘れ物を取りに一人でスタジオへ戻るが施錠され、閉じ込められてしまう。声を出すことのできないハンディキャップを持つビリーは、助けを求めて誰もいないはずのスタジオ内を彷徨うが、そこでは密かにポルノ映画の撮影が…。ところが次の瞬間、目の前で女優がナイフでメッタ刺しにされてしまう。実はポルノはカムフラージュで、スナッフフィルムの撮影だったのだ。かくして目撃者となったビリーの地獄のような一夜が始まった。
◉アンソニー・ウォラー監督インタビュー
――あなたが映画監督になるまでのキャリアを教えてください。
『ミュート・ウィットネス』の製作前、私はCMやミュージックビデオの仕事をしていた。業界内の多くが映画に携わりたがっていたのだけど、うまくいっていなかった。だから低予算で映画を作って、自分が映画監督として何ができるかを示そうと思ったんだ。

――『ミュート・ウィットネス』の後に『ファングルフ/月と心臓』(1997)や『地底の呻き』(2009)といったホラー、そして『バッド・スパイラル 運命の罠』(2000)などのサスペンスを監督されましたね。ウォラー監督が志向するジャンルはホラー、それともサスペンスのどちらでしょうか。
サスペンス映画の監督として思ってもらえると嬉しい。ホラー映画の監督と言われたくなかったので、1本目にこの題材を選んだんだ。個人的には、ホラーよりもサスペンスの方が幅の広いジャンルだと思っている。ショッキングな残酷表現をそのまま見せるよりも「こんなことが起きてしまうのではないか」と想像させる方が映画はより怖くなるからね。

――しかし『ミュート・ウィットネス』にはショッキングな殺人シーンがあります。
アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』(1960)ではシャワー室での残酷な殺人シーンが冒頭で1回映される。同様に『ミュート・ウィットネス』では血が飛び散るスナッフ殺人が1度描かれる。1度だけ見せておいて、それがまた起きるんじゃないか?と観客に思わせてサスペンスで引っ張る、それが私のメソッドだ。

――では『ミュート・ウィットネス』の製作過程について伺いたいと思います。
まずは脚本にとりかかった。初めは廃工場を舞台にするつもりだったのだけど、あるとき雑誌でスナッフ・フィルムが南米で作られているという記事を読んで、その撮影が映画スタジオで行われたら、と思いついた。そして、もし誰かが目撃してしまったら……。それがアイデアの起点だった。
――製作開始から公開までに10年かかったそうですね。
アレック・ギネスの出演シーンを撮ったのは1985年だった。残りの部分は1993年に撮影、1994年に編集、そして1995年に初公開。10年越しのプロジェクトとなってしまった。
――なぜモスクワで撮影することになったのでしょうか。
当時、私はドイツに住んでいて、舞台もドイツの廃工場にするつもりだった。しかしより国際的な映画にしたいと思い、撮影場所をシカゴにしようと考えたんだ。だが、そこで撮影をするのは費用がかかりすぎた。当初の想定予算は100万ドルでね。すると映画業界の知人が「ソ連で撮影すれば、他の国の10分の1まで費用が抑えられる」と教えてくれた。しかし結局200万ドルかかった。10分の1どころか倍になってしまったんだ!

――モスクワでの撮影がこの映画に与えた影響はありましたか?
費用は倍かかったが、それでもモスクワで撮ることができてよかった。言語の壁やコミュニケーションの問題に直面することが多くてね。政府の職員から恐喝されたこともあった。機材を没収され、返却するには金を払えと言われたんだ。これらの経験を『ミュート・ウィットネス』におけるコミュニケーションの疎通ができない恐怖に反映できた。
――『ミュート・ウィットネス』が初公開されてから30年が経ちました。本作の受け取られ方はこの30年で変化したと思いますか?
この映画を若い時に観た観客が「最初に観たときより面白かった」と言ってくれることが多いんだ。当時のモスクワの空気感を映像に収めたので、一種の歴史映画みたいな受け取られ方をされているのかも。また、ディープフェイクやフェイクニュースといったものが氾濫している現代において、テーマ的に通じるものがある。そのため、いま観るとより楽しんでもらえるのかもしれない。

<Staff & Cast> 監督・脚本:アンソニー・ウォラー/出演: マリナ・スディナ、フェイ・リプリー、オレグ・ヤンコフスキー、エヴァン・リチャーズ、アレック・ギネス/1995 年/イギリス、ロシア、ドイツ/英語、ロシア語/98分/カラー/字幕翻訳:額賀深雪/R18/提供:シノニム/配給:エクストリーム/公式サイト:https://mutewitness.jp/

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