『哭声/コクソン』のアナザーバージョンとして、ナ・ホンジンが原案・プロデュースを務めた最新作『女神の継承』。このホラー界きっての鬼才にメガホンを託されたタイの新鋭バンジョン・ピサンタナクーン監督(『心霊写真』『愛しのゴースト』)と本作が長編映画デビューとなる女優・ナリルヤ・グルモンコルペチが来日を果たし、本作に懸けた思いを語った。
あらすじ:タイ東北部の小さな村で暮らす若くて美しい女性ミン(ナリルヤ)が、原因不明の体調不良に見舞われ、まるで人格が変わったように凶暴な言動を繰り返す。途方に暮れた母親は、祈祷師である妹のニムに助けを求める。もしかして、ミンは一族の新たな後継者として選ばれ、その影響でもがき苦しんでいるのではないか…。やがてニムはミンを救うために祈祷を行うが、彼女に取り憑いている正体は、ニムの想像を遥かに超えるほど強大な存在だった。
◉ナ・ホンジンは僕にとってのアイドル(バンジョン監督)
――ナ・ホンジンさんから監督をオファーされた時はどんなお気持ちでしたか。『哭声/コクソン』のアナザーストーリーという位置づけの作品で、かなりプレッシャーがあったと思いますが?
バンジョン監督:ナ・ホンジンさんは僕にとってのアイドル。彼の作品が大好きだったので、声をかけていただいてとても光栄でした。彼が要求することなら何でもトライしようと思っていました。
――脚本を読んだ時の率直な感想を教えてください。
バンジョン監督:プロットの段階で読ませていただいたのですが、韓国とタイにおけるシャーマニズムが非常に似ていることに衝撃が走りました。祈祷師になることを拒んでいる主人公が、想像を絶する状況に追い込まれていくところがとても興味深く、「これは絶対に面白いホラー映画になる」という予感がしました。
――タイ東北部の村で祈祷師一族の継承が脈々と行われてきたという話が妙にリアリティーがありました。これは、何か実話に基づいたお話なのでしょうか?
バンジョン監督:いえ、架空のお話です。特定のモデルはなく、いろんな祈祷師を参考にしてミックスしました。
――特にクライマックスの悪魔祓いの儀式は、すごかったですね。あのシーンも想像力の産物ですか?
バンジョン監督:どのシーンも大事なんですが、特に儀式のシーンは神秘的にしたいと思い、ディテールまでかなり工夫しました。30%くらいは実際にあるタイや近隣諸国の儀式を参考にしていますが、そのほかデコレーションだったり、祈祷の動きだったり、概ね想像の世界です。例えば、(祖先である)女神バヤンの前での踊りとか、あれも創作なんです。どうやったら最高にパワフルに見せることができるのか…というところに心を砕きました。
――モキュメンタリーというスタイルも効果的だったと思いますが、ナ・ホンジンさんとはどんなコミュニケーションをとりながら映像を作り上げていったのでしょう。
バンジョン監督:今回はコロナ禍の撮影だったので大変でした。脚本はパンデミックになる前に出来上がっていたので、お互いに行き来して、直接お話をさせていただいたりしたんですが、撮影が始まるとコロナが蔓延し、これまでのように密にコミュニケーションをとると、14日間、隔離期間を設けなければならなかったので、ほとんど会うことができなかったんです。だから日々フッテージをナ・ホンジンさんに送って、それに対してのコメントをその都度いただくという感じでした。だから、撮影には一切立ち会うことがなかったです。
――フッテージの段階、あるいは完成した作品に対して、ナ・ホンジンさんはどんな言葉をかけてくれたのでしょうか。
バンジョン監督:フッテージに対しては細かい指摘は特になくて、キャラクターの方向性であったり、演出方法のアドバイスであったり、全体的な感想が多かったですね。私のやり方をとても尊重してくれて、最後は「あなたの決断次第です」と言ってくださり、とても意気に感じました。
――こういう霊にまつわる映画を撮る場合、日本では撮影前にお祓いをするケースもあるのですが、タイではどんな感じなのでしょう。
バンジョン監督:ホラー映画だからといってお祓いに行くことはまずないと思います。ただ、どんなジャンルの映画でも、タイではバラモン教のお坊さんを呼んで、かなりお金をかけて、お供え物もたくさんして、大がかりな儀式をします。ただそれは、霊祓いではなく、撮影が順調に進みますようにと願うためなんですね。
◉演技に集中できるように“瞑想”を採り入れた(ナリルヤ)
――ナリルヤさんにお聞きします。この映画が初主演ということですが、ミンという役のオファーが来た時、尻込みしなかったですか?
ナリルヤ:いいえ、尻込みは一切しなかったです。むしろミンという役をどうやったら完璧に演じられるかということを深く考えていました。今回、主演はもとより、映画出演自体が初めてだったのですが、本作によって自分の名前が世間に知られる一歩となったことがむしろ大きな喜びでした。
――とても美しいナリルヤさんがどんどん壊れていくのがもう、観ていて胸が痛かったのですが、ハードなシーンもたくさんあって、撮影は大変じゃなかったですか?
ナリルヤ:撮影中は、体力的にも、精神的にも、全てのことが大変でした。ミンというキャラクターはとても複雑なので、バンジョン監督や共演の皆さん、そしてアクティングコーチと納得がいくまで話し合いを重ねました。これまでテレビドラマでずっと演じてきたので、やはり演技の質が違うんですよね。だから、映画に合わせて調整した部分はかなりありました。あとは、撮影をしっかり乗り切るために、なるべく心身を整えて撮影に臨むようにしました。特に本番前は、演技に集中できるよう“瞑想”も採り入れました。
――映画とドラマの演技の違いは何ですか?
ナリルヤ:これってもしかしたら文化の違いかもしれませんが、ドラマは視聴者にわかりやすい演技が求められますが、映画は“演じてる”と思われないナチュラルさを求められます。そこが大きな違いだと思いますね。
――バンジョン監督がミン役にナリルヤさんを起用してみたいと思った決め手は何だったのでしょう。
バンジョン監督:当時、ナリルヤさんはドラマには出ていたけれど、あまり広く知られてなかったんですが、オーディション用の動画を送られてきて、その憑依的とも言えるすさまじい演技を観た瞬間、「もうこの人しかいない!」と思って決めました。ただ一つだけ心配になったのは、ちょっと美人過ぎないかっていうところだったんですが(笑)、そこは調整して普通の村人に見えるようにしました。
――演技もそうですが、取り憑かれた時の表情や不気味な動きが恐怖をさらに増幅させていましたね。
バンジョン監督:例えば、這いつくばったり、感情をコントロールできなかったり…「霊に取り憑かれた」と信じられている動画をたくさん観て、参考にしました。その中にはバチカンの映像もあったと思います。
――ナリルヤさんも動きや目つきがとても不気味で、特に後半は震え上がるほど怖かった…。
ナリルヤ:バンジョン監督に色んな映像を観させていただいて、その動きをコピーした部分もありますが、自分でも想像で付け加えた動きもあります。例えば、ミンに霊が取り憑いた時、体の中でいったいどんな思考をめぐらせていたのか…とか。
――まさに緊張感あふれる作品でしたが、現場はどんな雰囲気だったのでしょう?やはり映画同様、張り詰めた空気の中、撮影は行われたのでしょうか?
バンジョン監督:確かにちょっと張り詰めたシーンもありましたが、概ねみんな家族のように、友人同士のように、和気あいあいといった感じでしたね。
――あえて漠然と聞いてみますが、バンジョン監督にとっての恐怖演出の真髄とは?
バンジョン監督:もともとホラー映画には興味があって、特に「どういうふうにすればユニークな雰囲気作りができるか」というところを心がけました。それは、自分にとって大きなチャレンジだったと思います。と同時に、すごく濃い人間ドラマと恐怖ドラマをどうすれば両立することができるのか…そこもこだわった部分ですね。
――ちなみにどんなホラー作品がお好きですか?
バンジョン監督:日本だと『回路』や『リング』、最近の作品ですと、アメリカ映画の『ヘレディタリー/継承』や『インフェルノ』などですかね。もちろん、ナ・ホンジンさんの作品は全て好きです!
――最後にナリルヤさんにお聞きします。本作は多分、日本でも大反響を呼ぶと思いますが、長編映画のデビューを果たした今、次なる目標は何か見えていますか?
ナリルヤ:今、タイで3本、ドラマを同時に撮影中で、そのほかにも新たなドラマシリーズ、映画の予定も入っています。とても仕事に恵まれるようになりましたが、これらは全て『女神の継承』のおかげなんです。
――主にどんなジャンルの作品に出演しているんですか?
ナリルヤ:今まで演じたことがない役柄でロマンティックコメディーが多いですね。すごくワクワクするし、とても楽しいです。でも、また機会があったら、バンジョン監督の作品に出てみたいですね。今度はラブストーリーでご一緒したいです(笑)
(提供:バックヤード・コム 取材・文・写真:坂田正樹)
映画『女神の継承』は8月12日より丸の内ピカデリーほか全国公開中
公式サイト:https://synca.jp/megami/
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