とあるマンションを舞台に、怪しげな住人の秘密を知ってしまった配達員がとんでもない事件に巻き込まれていく…。2転3転4転5転、シリアスなミステリーかと思いきや、さまざまなジャンルに姿を変え、観客を翻弄しまくる謎解きエンタテインメント『あの人が消えた』がいよいよ9月20日(金)より全国公開。「コロナ禍の自粛生活で着想を得た」という水野格(みずの・いたる)監督(「ブラッシュアップライフ」)に、「ネタバレ完全NG」という厳しい条件のもと、ムチャぶりインタビューを敢行した。
<Story> 「次々と人が消える」と噂されるいわくつきのマンションの担当になった配達員・丸子(高橋文哉)。 日々マンションに出入りして荷物を届ける彼は、 その住人の一人・小宮(北香耶)は自身が愛読している WEB小説の作者ではないか? と察し、密かに憧れを抱いていく。だがその一方で、挙動不審な住人・島崎(染谷将太)に 小宮のストーカー疑惑が持ち上がり、 丸子は運送会社の先輩で小説家志望の荒川(田中圭)の協力のもと、他の住人たちに聞き込みを開始。だが、これをきっかけに事態は思わぬ方向へと動き始める。
●自粛生活から生まれた「人は見かけによらない」ミステリー
――いやぁ、参りました。最初から最後まで翻弄されまくりました。観客の推理をことごとく打ち砕くこの奇想天外な脚本はどのようにして生まれたのでしょう。
水野監督:コロナ禍の自粛生活がきっかけですね。それまで同じマンションにずっと 住んでいながら、隣に誰が住んでいるのかさえ知らなかったんですが、自粛生活で家にいる時間が皆さん長くなったので、隣の方と初めて会うことができたんです。「あ、こんな人が住んでいたのか…」と。あとは、宅配便を使うことがすごく増えて、毎日来るお兄さんが同じなので調べてみたら、地域ごとに担当が決まっているんだとか。ということは、このマンションの住人のことを一番よく知っているのは宅配便のお兄さんじゃないのか…と思い始めて。そこから妄想が止まらなくなりました。
――それを脚本にしてしまうところがすごいですね。常に映画やドラマに繋がるようアンテナを立てているのですか?
水野監督:常日頃、何かネタになりそうなものはないか探してはいますね。もう職業病というか習性のようなものです。今回は、コロナ禍によるリモートワークによって移動や面と向かっての会議がなくなり、物理的に時間が増えたので、その分、じっくり脚本作りに専念できたと言えるかもしれません。
――水野監督は、「ブラッシュアップライフ」(日本テレビ系/2023)で数々の賞を受賞し一躍脚光を浴びましたが、バラエティ番組「月曜から夜ふかし」(日本テレビ系/2012〜)の演出も手がけていますよね。その影響がもしかするとあるのかな?と思ったのですが、「人は見かけによらない」という視点が本作に登場する“不透明なキャラクター”にも生かされているような気がしました。
水野監督:確かに「月曜から夜ふかし」の影響は大きいかもしれません。全国津々浦々の一風変わった人たちに話を聞きに行く番組なんですが、見た目は奇抜でも言うことはまともだったり、またその真逆だったり…人間って単純じゃないんだなっていうことをこの番組ですごく学びました。ただ、もっと紐解いてみると、「人は見かけによらない」という視点は、幼少期、アメリカに住んでいたことも影響しているかもしれません。
――なるほど。どんな影響を受けたのでしょう?
水野監督:2歳から小学校低学年まで東海岸のバージニア州の学校に通っていたんですが、黒人もヒスパニック系もいない、ほとんどが白人。アジア系なんて僕と兄ともう1人ぐらいしかいなかった。ただ、2歳から向こうで生活をしているので、中身はめちゃくちゃアメリカン なわけです。ところが見た目は生粋の日本人。だからといって疎外感を持ったことはなかったし、みんなと普通に友だちになれたのですが、なんとなく心のどこかに「自分はアメリカで育ってるのに見た目がみんなと違う」というギャップというか、違和感というか、そういう感覚が根底にずっと残っているような気がします。
――配達員の視点、住人それぞれの視点、同じように見えても実は全然捉え方が違うんじゃないか…という発想は、水野監督の根底にあるものと繋がっているようですね。
水野監督:そうかもしれませんね。まさに「人は見かけによらない」…つまり、人間の視点や行動も含めて、物事はいろんな角度から見ないと「真実」は見えてこないということ。これを物語の「構造」として表現 したかったところはあります。
●高橋文哉と田中圭の名コンビが観客を謎の世界へ誘う
――主人公の配達員・丸子役に高橋文哉さん、バディとなる先輩配達員・荒川役に田中圭さんをキャスティングした理由を教えていただけますか?
水野監督:主人公の丸子役に関しては、すごく誠実でまっすぐな男にしたかった。誠実だからこそ、いろんなことに首を突っ込んで、いろんなことに巻き込まれるわけですが、そこに説得力を出せる俳優がいいなと。文哉くんは、吉高由里子さんの弟を演じたドラマ「最愛」(TBSテレビ系/2021)が印象に残っていて、以来ずっと注目していたんですが、まさに丸子そのもの、適役でしたね。お会いすると、本当に性格が良くて、人間性も素晴らしく、そんな彼の真面目なパーソナリティーがうまくキャラクターに乗ってくれたなと思いました。
――丸子は、観客と同じ目線となって謎に挑んでいくわけですから、ここが成立しないと映画が崩れてしまいますよね。そういった意味ではベストなキャスティングだったと思います。田中圭さんはいかがでしょう?
水野監督:圭さんの役は難しかったと思います。小説家志望で投稿もしているけれど、才能がなくて全く芽が出ない。明るく能天気なのに、話をするとスベッてばかり。後輩の丸子にはなぜか頼りにされているけれど、アドバイスがどこかズレている。そんなつかみどころのないキャラクターを、圭さんは自分なりにプランを練ってきて、かなりコミカルに演じようと意気込んでいたようですが、現場の粛々とした雰囲気を感じて、「これは違うな」と思い直したらしく、真面目に演じる方へシフトしてくれました。それでもさすがは引き出しの多い圭さん、リハーサルをやるたびに違うパターンを見せてくれて、少しずつこちらのイメージに合わせてくるところはプロフェッショナルだなと思いました。
――2人のコンビネーションも自然体で良かったですよね。
水野監督:文哉くんと圭さんは「先生を消す方程式。」(テレビ朝日系/2020)で生徒と先生として共演していて、関係性がすでに出来上がっていましたから。特に圭さんは後輩の面倒見がすごく良いので、文哉くんもリラックスできたんじゃないでしょうか。ずっと緊張感が続く物語なので、配送会社の営業所でくつろぐシーンは一息つける唯一の場所になったように思います。
――高橋さんと田中さんは、観客と同じ目線なので、ある程度語ることができますが、そのほか、染谷将太さん、北香那さん、坂井真紀さん、袴田吉彦さん、菊地凛子さん、そして先日追加で出演が発表された中村倫也さんなど、個性豊かな俳優さんたちは、聞きたくても聞けない…。うっかりするとネタバレになるので紹介が難しいですね。
水野監督:確かにそうなんですよね…。しいて語るなら、染谷さんと北さんですかね。二人に関しては、テクニカル的にとても難しい役どころ。巧みな演技というか、さじ加減というか、彼らの表現力によってトーンが変わったり、雰囲気が変わったり、何なら映画のジャンルまで変えてしまう…そういうところはさすが百戦錬磨の俳優さんだなと。例えば丸子がある恐ろしい光景を目撃して…あっ!これ言っちゃダメなやつ?危ない、危ない。なんか説明しようとすると、全部ネタバレに繋がってしまいそうでハラハラしますね。すみません、共演者に関してはもうこれ以上は何も言えません。聞かれてもお答えできません!
――本当にインタビュアー泣かせの映画ですね(笑)。だったらというわけではありませんが、舞台となるマンションも本作の重要な役を担っています。セットではなくオールロケだそうですが、本作のために建てられたような物件でしたね。
水野監督:予算の関係もあってオールロケになったのですが、「部屋数が少なく、オートロックもなく、町から孤立し、すぐに助けを呼びに行けない山の上に建っている低層マンションがいい」という条件を出して、スタッフに1ヶ月以上かけて探してもらいました。何件も候補に挙がったんですが、壁がピンクでちょっと異質なこのマンションを見た瞬間、「ここしかない」と思いました。実際に住んでいる方もいるので、リアルな雰囲気が出ていいかなと。現場では、玄関のドアを開けた時、部屋の中が少しだけ見えるように撮影したんですが、これは丸子の目線から「何かヒントになるものが見えるかも」という演出になっていて、かなりこだわりましたね。
――では最後に、ムチャブリします(笑)。もはや何を聞いてもネタバレになってしまう本作。水野監督なら、内容をぼかしながらも核心を突いた表現でこの映画をどう伝えますか?
水野監督:(しばし悩んで)例えば……寿司屋だと思ってお店に入ってみたら、「あれ?焼肉屋かな」と一瞬思ってしまうが、「いやいや、そんなワケない、ここは寿司屋だよ」と我に返る。ところが、「いや待てよ、ここはもしかして中華料理屋かもしれない」とまたまた疑念を抱くも、最終的に「えっ、タイ料理のお店だったのか!」…みたいな。そんな映画ですかね(笑)
――ますますワケがわからないけれど、何となく核心を突いているようにも思います。「味変」というより「店変」ですね(笑)、これ、使わせていただきます。
(取材・文・写真:坂田正樹)
<Staff & Cast> 出演:高橋文哉、北香那、坂井真紀、袴田吉彦、菊地凛子、染谷将太 / 田中圭 監督・脚本:水野格/音楽:カワイヒデヒロ/主題歌:NAQT VANE「FALLOUT」(avex trax) /製作:桑原勇蔵、永山雅也、市川 南/製作統括:佐藤貴博/エグゼクティブプロデューサー:飯沼伸之、福家康孝/企画:櫛山慶、水野 格/プロデューサー:櫛山慶、渡久地翔/制作プロデューサー:星野 恵、柴原祐一/アソシエイトプロデュ―サー:片山暁穂/撮影:谷 康生/照明:高井大樹/美術:小泉博康/装飾:池田亮平/録音:高島良太/編集:相良直一郎/衣裳:加藤みゆき/ヘアメイク:内城千栄子/リレコーディングミキサー:野村みき/サウンドデザイン:大保達哉/キャスティング:梓 菜穂子/助監督:黒田健介/制作担当:三橋祐也/ラインプロデューサー:濱松洋一/宣伝プロディーサー:菊地智男/製作:日本テレビ、日活、東宝/制作プロダクション:日テレアックスオン、ダブ/協賛:小説家になろう/配給:TOHO NEXT
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