昨年、「本当に怖いホラー映画」として話題になった『ミンナのウタ』のDNAを引き継ぎ、さらに恐怖をパワーアップさせた渋谷凪咲・映画初主演作『あのコはだぁれ?』(公開中)。前作に続きメガホンをとった清水崇監督が、バラエティー番組で見せる渋谷の朗らかな笑顔を封印し、最強ホラー・モードへと導いた舞台裏を語った。
<Introduction> 本作は、補習授業を受ける中学生男女5人の教室にいないはずの“あのコ”が怪奇を巻き起こす学園ホラー。臨時教師・君島ほのかを演じる渋谷をはじめ、補習授業を受ける生徒・三浦瞳役に映画『違国日記』で新垣結衣とダブル主演を務めた早瀬憩、前川タケル役に宮崎駿監督作品『君たちはどう生きるか』で主人公の声優を務めた山時聡真、さらに君島ほのかの恋人・七尾悠馬役として、小学生のころから清水監督作品の大ファンで『呪怨』の俊雄役など、オーディションを何度も受けていたという染谷将太が遂にオファーを受け出演している。
<Story> とある学校の夏休み。臨時教師として補習クラスを担当することになった君島ほのか(渋谷)の目の前で、ある女子生徒が突如屋上から飛び降り、不可解な死を遂げてしまう。いないはずの生徒 “あのコ”の存在に気がついたほのかと、補習生の瞳(早瀬)、タケル(山時)らは、「音」に執着する彼女の衝撃的事実にたどり着く。彼らを待ち受ける、予想もつかない恐怖とは…?
■清水崇監督単独インタビュー
●「怨念」ではなく「夢と希望」が生み出す恐怖
――ここ最近の清水監督作品の中で1番怖かったです。清水監督の得意技が全て盛り込まれている感じがして、もうお腹いっぱいになりました(笑)
清水監督:え、本当ですか?それはありがたいです。得意技が何なのか?特に意識はしていなかったんですが(笑)。『村』シリーズ(『犬鳴村』『樹海村』『牛首村』)をやっていたときにプロデューサーから、「わかりやすくシンプルな恐怖シーンをもっともっと連打してほしい」みたいことを言われていたんですが、登場人物の心理描写も含めて物語もきちんと読み取ってほしいという思いもあったので、なかなか連打ともいかなかったんです。ところが今回、自分でもびっくりするぐらい恐怖シーンの手数が多かった事に後から気付いた感じです。まるでお化け屋敷みたいに、先が見えないなかでどんどん怖いことが起きていく…というか、僕が勝手に盛り込んでいったんですが、初主演の渋谷さんはわけがわからず大変だったと思います。
――それは、“あのコ”のキャラクターがそうさせたのかもしれませんね。「怨念」ではなく、女子学生の「夢と希望への執着」が恐怖を生み出しているところが新しいアプローチだと思いますが、今回は前作『ミンナのウタ』よりもその恐怖の領域がさらに拡がっているように見えました。
清水監督:日本の怪談って、何か恨みごとを抱えて亡くなった人が、その恨みを晴らすために化けて出てくるものが多いと思いますが、今おっしゃったように、“あのコ”のキャラが生まれたことで、これまでと違った想像力がどんどん膨らんでいきました。「こんなバックグラウンドがあったんじゃないか」とか、「こんなエピソードがあったんじゃないか」とか、そういった細かいネタがどんどん追加されていったのは確かですね。
――長年、ホラー映画を作り続けている清水監督だけに、本作のような「新しい恐怖の在り方」をつねに模索していたように思うのですが、その辺りはいかがですか?
清水監督:前作『ミンナのウタ』以前の『村』シリーズでは、毎回、何らかの因果関係が怨念となって甦るという流れが物語のベースにあったので、そこからはずれた新たなお化け像を心のどこかで探していたのかもしれません。純真無垢で掴みどころのない、しかも本人には全く悪気がない…。サイコパスってひと言で表現していいものでは無いと思いますが、“あのコ”は、怨念とは違った底知れぬ恐怖を生み出したのかもしれません。
――無邪気さゆえに、加減なく広がっていく怖さは確かにありましたね。特に前作からモチーフになっている“音”が、昔のカセットテープを媒介して、本作でもとても効果的に使われていました。
清水監督:『ミンナのウタ』のセリフにもありましたが、昔、「かぐや姫」というフォークグループの解散コンサートをファンが無断で録音し、そこにお化けの声が入っていた、という都市伝説が実際にあったんです。それをヒントに“あのコ”の物語を思いついたのですが、やはりカセットテープってどこか不気味というか、アナログの有機的なものって恐怖を倍増させますよね。
――つい最近録音した“あのコ”の声が流れるシーンは寒気がしました。古びたカセットテープがアップデートされているところがとても怖かったです。今、ふと思ったのですが、音を立てたら殺されるハリウッド映画『クワイエット・プレイス』に対して、音を欲しがるJホラー『あのコはだぁれ?』…違う緊張感を持った2作ですが、「音」という観点で作品を比較すると面白いですよね。
清水監督:なるほど、確かに逆の面白さがありますね。
●渋谷凪咲の「新たな一面」を引き出したかった
――清水監督は演技経験の浅い新人俳優を起用する場合が多いですが、映画初主演となった渋谷さんはいかがでしたか?クランクイン前に「彼女の新たな一面を引き出したい」と意気込みを語っていましたが。
清水監督:バラエティー番組を観る限り、どこかフワっとしていて、トークもリアクションも程よいバランス感覚を持っている方だなと思っていましたが、それがお芝居にどう生かされるかは正直言って未知数でした。ホラーのイメージも全くなかったので、あの朗らかで柔らかい笑顔を封印したら、どんな感じになるんだろうと。そんな風に考えていたら、「テレビで観るいつもの渋谷凪咲じゃない!」って驚かれるような新たな一面を引き出したい気持ちが生まれました。
――未知の可能性に懸けてみる…清水監督が新人俳優を主演に使う理由はそこにあるんですかね?
清水監督:新鮮な風があった方が現場も楽しいし、未知数だから僕自身もワクワクしながら演出できる、というのは確かにありますね。また、もう一つの理由として、いろんな監督のもとで鍛えられ、演技もうまく、顔も名前もみんなに知られている人気俳優が出れば安心感もあるし、映画の宣伝としても効果的だと思いますが、ホラーの場合、「この人が主人公なら絶対に生き残る」という妙な先入観を与えてしまうので、作り手としてはつまらないわけです。特にホラーやスリラー、ミステリーなどの作品は、なるべく若い俳優をチャンスの場として起用し、「この先、どうなるかわからない」という展開や無名性を利用した方が絶対に面白い。アルフレッド・ヒッチコック監督も、それを考慮し、映画脚本の構造まで変えて『サイコ』(主人公と思われた女性が本編半ばで殺害される)を作ったくらいですから。
――なるほど。おっしゃる通り、渋谷さん演じるほのか先生は、生き延びるか、殺されるか、なんとも言えない絶妙な展開が用意されているわけですが(鑑賞した方はネタバレにご注意!)、本格演技初体験の彼女は、現場でどんな一面を見せてくれましたか?
清水監督:渋谷さんってとても真面目な方なので、相当悩んだと思います。次から次へとんでもないことが起きて、それに対するリアクションの正解が何なのかわからないんですよね。僕も自分で脚本を書いておきながら、「監督、こういうときってどう反応しますか?」と相談されても、「僕にもわからない…やってみよう!」と答えるしかなかったので、手探りで作り上げていった感じです。新たな一面と言っていいかわかりませんが、予想以上に一生懸命気持ちの持続に取り組んでくれたので、作業自体はとても楽しかったです。
――撮影で最も苦労したシーンはどこですか?
清水監督:映画の中盤で、渋谷さん演じるほのか先生が“あのコ”を家まで送って両親と話をするシーンがあって、そこでめくるめく理不尽な恐怖が彼女に襲いかかるんですが、実は家を飛び出して逃げてくるシーンを先に撮影をしているんです。渋谷さんはほのか先生の身に何が起きたのか、具体的に体験していない状態で、リアクションだけを吐き出さねばならなかったので、どうしていいか迷っていたんですね。本人は僕の説明を聞いて、「とにかくがんばってみます!」とおっしゃるんですが、どうも気持ちをつくるのに四苦八苦している感じがしたので、ホラー担当の助監督が本番前まで怖い音をずっと聞かせたり、テストのときも音声さんに了解を得て、不気味な赤ちゃんの声が渋谷さんだけに聞こえるようにしたり、なんとか気持ちがホラー・モードになるよう取り組んでいました。
――本編を観る限り、全く違和感なくつながっていました。ホラー・モード導き作戦が功を奏しましたね(笑)
清水監督:あとは、山川真里果さん演じる“あのコ”のお母さんと対峙したときも大変でした。山川さんは、『ミンナのウタ』にも出ていただき、その恐怖演技が大きな反響を呼んだので、今回、相当気合いを入れて臨んでくれたんですが、テストのときから本気モードで、渋谷さん、怖すぎて涙が止まらなくなったんです。「監督、何回テストしても涙が出てくるんですが大丈夫ですか?」と心配していましたが、結果、演技を超えた素晴らしいシーンが撮れました。相手役が本気でぶつかってきたら、自然とリアクションが引き出され、考える間もなく気持ちが動かされていることを、身をもって学んだのではないでしょうか。山川さんの真に迫った取り組み方が現場の空気を震わせ、共演者やスタッフにまで異常な緊張感を生み出してくれましたからね。あのシーンは山川さんのお陰…本当に凄みのある女優さんです。
――座長としての渋谷さんはいかがでしたか?イメージ的にはムードメーカーとして場を和ませる感じかな?と想像しているのですが、実際はどんな感じだったのでしょう。
清水監督:案外、引っ込み思案で人見知りする俳優さん多いのですが、渋谷さんは、スタッフ、キャスト、若手の助手さんにいたるまで、全ての人に分け隔てなく接することができる人。誰彼かまわず話しかけ、そしてみんな、大好きになるんです。とても自然体で、謙虚さもあって、座長としては申し分ありませんでした。打ち上げも、通常、主役クラスの方は「明日があるんで」といって早めに切り上げる方が多いんですが、渋谷さんは最後の最後まで付き合ってくださり、スタッフ一人一人に直筆の手紙を書いて渡していたんです。大したものだなと思いました。
――最後に、本作のアイデアは前作『ミンナのウタ』が完成してすぐに浮かんだとおっしゃっていましたが、次作の構想はすでにあったりするんでしょうか?
清水監督:いやぁ、どうですかね。『あのコはだぁれ?』が大ヒットしてくれれば、その可能性はあるかもしれません。観客の皆さん次第…ですね。どうかよろしくお願いいたします。
(取材・文・写真:坂田正樹)
<Staff & Cast> 出演:渋谷凪咲、早瀬憩、山時聡真、荒木飛羽、今森茉耶、蒼井旬、穂紫朋子、今井あずさ、小原正子(クワバタオハラ)、伊藤麻実子、たくませいこ、山川真里果、松尾諭、マキタスポーツ、染谷将太/監督:清水崇/原案・脚本:角田ルミ、清水崇/音楽:小林うてな、南方裕里衣/製作:髙𣘺敏弘、木下直哉、藤原寛、中林千賀子、井田寛/エグゼクティブプロデューサー:吉田繁暁/企画:新垣弘隆/プロデューサー:大庭闘志/ユニットプロダクションマネージャー:石田基紀/撮影:大内泰/美術:都築雄二/照明:神野宏賢/録音:原川慎平/編集:鈴木理/助監督:毛利安孝/ホラー担当:川松尚良/制作担当:児嶋冬樹/装飾:松田光畝/衣裳:及川英里子/ヘアメイク:堀川貴世/特殊造型・特殊デザイン:百武朋/VFXスーパーバイザー:鹿角剛/音響効果:大塚智子/音楽プロデューサー:高石真美/宣伝プロデューサー:山崎栞/アシスタントプロデューサー:柳田裕介、前川盛哉/製作:「あのコはだぁれ?」製作委員会/企画・配給:松竹/制作プロダクション:ブースタープロジェクト“PEEK A BOO films” /制作協力:松竹撮影所、松竹映像センター/公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/anokodare-movie
©2024「あのコはだぁれ?」製作委員