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OCT 15, 2022 インタビュー

映画『島守の塔』五十嵐匠監督自らが語った自伝書籍『戦争がもたらすものを撮る』に込めた思い 

五十嵐匠監督

太平洋戦末期の沖縄戦を舞台に命と平和の尊さを描く映画『島守の塔』(全国順次公開中)。コロナ禍の影響で撮影が1年8ヵ月の中断を余儀なくされ、その間、五十嵐匠監督が自ら映画制作の半生を振り返り、大学の同級生で盟友のノンフィクションライター、堀ノ内雅一が1冊の書にまとめたのが、「戦争がもたらすものを撮る 沖縄戦映画『島守の塔』監督・五十嵐匠の軌跡」(泉町書房)だ。戦争そのものを描くのではなく、戦争が我々の暮らしに何をもたらしたのかを描きたい…。1958年生まれ、高度成長時期に少年時代を過ごした彼が、なぜ、これほどまで戦争映画に固守するのか。本書を紐解きながら、その真意を聞いた。

映画『島守の塔』あらすじ:戦中最後の沖縄県知事として赴任し、軍の命令に従いながらも県民の命を守ろうとした兵庫県出身の島田叡(しまだあきら/萩原聖人)と、職務を超えて同じく県民の命を守ろうと努力した栃木県出身の警察部長・荒井退造(あらいたいぞう/村上淳)。本土から派遣され二人の官僚は、沖縄戦に翻弄されながらも命果てるまで奮闘する。そのほか島田の世話役の県職員・比嘉凛を吉岡里帆、凛の妹で看護学徒隊の由紀を池間夏海、そして映画『ひめゆりの塔』(1953)に出演していた香川京子(ナレーションも担当)が現代の凜を演じている。

●心を揺さぶる“骨太映画”を撮り続けたい

――本書の中で、「骨太の映画がどれだけ受け入れられるか。沖縄戦を描いた本作はある意味、試金石になる」と書かれていますが、そもそも沖縄戦を題材にしようと思った経緯は何だったのでしょう。

五十嵐監督:映画『二宮金次郎』(2019)のあと、田中角栄を映画化したいと思っていたんですが、プロデューサーから「角栄よりも面白い男たちがいる」ということで島田叡さん、荒井退造さんの存在を知り、本土から沖縄に赴任し、戦争に吞み込まれていった彼らにとても興味を持ちました。それこそ、沖縄に何度も足を運んで、山奥にも入って、資料も読み込んで、シナリオも16回書き直して撮影に臨んだのですが…世はコロナ禍の真っ只中、運悪く次々と体調不良者(結果、コロナ陽性ではなく日射病だった)を出してしまい、1年8ヵ月、撮影中断を余儀なくされました。

©2022 映画「島守の塔」製作委員会

――1年8ヵ月のブランクは長いですね…

五十嵐監督:ただその間、沖縄戦を勉強し直したり、シナリオをさらにブラッシュアップしたり、中身をより醸成させることができたので、一つの大きなポイントになったと思います。映画が公開されてから、賛否両論、いろんな意見がお客様から寄せられているようですが、僕はそれでいいと思っています。大島渚監督や深作欣二監督が言っていたように「映画は事件」になればいいと。共犯者(製作者、観客を含めこの作品に関わった方々)がどんどん増えていけば、その物事に対して考えるきっかけになる。特に沖縄戦は広く、そして深すぎて全てを描き切るのは難しいので、この映画をきっかけに皆さんが興味を持っていただければと思っています。

©2022 映画「島守の塔」製作委員会

――五十嵐監督が思う“骨太な映画”とはどういうものでしょう?

五十嵐監督:私にとっての骨太映画とは、ちょっと古いかもしれないけれど、例えば内田吐夢監督の『飢餓海峡』とか、海外作品なら『ゴッドファーザー』『真夜中のカーボーイ』『タクシードライバー』など、とにかく観客の気持ちを大きく揺り動かすものだと思っています。そのためには作り手が人生を懸けて取り組まないと、観客を呼び寄せることはできません。これは私の場合ですが、映画監督としていざ制作に入ると、作品に縛られて身動きがとれなくなってしまうんです。例えば『地雷を踏んだらサヨウナラ』(1999)は4年も拘束されました。技術部のスタッフはその場その場で自分のパートを考えればいいのですが、全体を統括する監督は肉体的にも精神的にもずっと身を拘束されるわけです。そこが辛いところでもあり、達成感を感じるところでもあるのですが、『島守の塔』も一般公開を終えて、これから自主上映でさらに多くの方々に届けたいと思っていますので、まだまだ関わっていくつもりです。

――1本の映画に懸ける思い、熱量が物凄いわけですね。

五十嵐監督:今は誰でも簡単に映画が撮れる時代ですが、私は要領が悪いから数年に1本しか映画が作れない。でも、要領は悪くて無駄が多いかもしれませんが、無駄があるから面白い、無駄があるから遺るものってあるじゃないですか。デジタル化を否定しているわけではないのですが、こんな映画監督がまだいることを、本書を通して知っていただければと思います。

●五十嵐監督の原点は報道写真家・沢田教一の写真集

――本書のタイトルにもなっている『戦争がもたらすものを撮る』という五十嵐監督のこだわりについてお聞きしたいのですが、のちに映画化もされた報道写真家の沢田教一さんの写真の影響が大きかったそうですね。

五十嵐監督:中学生の時に、私と同じ青森出身の沢田さんの写真集を観てショックを受けました。こんな雪深い青森からベトナムという熱い国へ行って、しかもカメラマンなのになぜ鉄砲で撃たれなければならなかったのか…その衝撃がずっと心に残っていたんです。

――映画監督になろうと思ったのも沢田さんが影響しているのですか?

五十嵐監督:いえいえ、父親が大の映画好きで、8歳の誕生日に映写機を買ってくれたのがきっかけです。家には映画のサントラ盤がたくさんあって、休日になると、『鉄道員』とか『ブーベの恋人』とか、父が聴いているわけですよ。そんな環境で育ったので、いつの間にか映画好きになり、映画雑誌の『スクリーン』を買って情報を集めたり、自分で映画の星取表を作ったりしていました。その後、大学に通いながら、シナリオセンターへ行くことになるんですが、その頃は沢田さんの写真集との接点はほとんどありませんでした。

――それが、のちに沢田さんのドキュメンタリー映画『SAWADA 青森からベトナムへ ピュリッツァー賞カメラマン沢田教一の生と死』(1996)を撮ることになるわけですね。

五十嵐監督:大学を卒業後、TBSのドキュメンタリー番組『兼高かおる世界の旅』(1959~90)にスタッフとして参加したんですが、この経験は大きかったと思います。海外に行って日本を客観的に観て、「ああ、自分は日本人なんだな」と改めて認識したんですが、心のどこかに、「ベトナムへ行った沢田さんの気持ちを追体験したい」という思いがあったのだと思います。その後、映画業界に入って岩波映画の四宮鉄男さんに師事したことも大きかったですね。海外撮影、ドキュメンタリー制作、という流れが、中学生の時に心に刻んだ沢田さんに自然と重なっていったというか…。それがきっかけになって、海外で活躍する日本人に強い関心を持つようになり、『地雷を踏んだらサヨウナラ』(戦場カメラマンの一ノ瀬泰造)、『島守の塔』(島田叡/荒井退造)へと繋がっていったんだと思っています。

映画『SAWADA 青森からベトナムへ ピュリッツァー賞カメラマン沢田教一の生と死』

――「戦争がもたらしたものを撮る」という考えはどこから生まれたのですか?

五十嵐監督:本書を読んでいただければ詳しく書いてあるのですが、「戦争がもたらしたものを撮る」という言葉は、中学生の時に観た写真集にUPI通信の記者で沢田さんの同僚だったレオン・ダニエル氏が寄稿していたものです。これがものすごく心に残っていて。『SAWADA~』を映画化する際、アパートの一室を借り切って、沢田さんが遺した写真を約20,000万枚全て観たんですが、これは戦争そのものを撮っているんじゃない、戦争がベトナム人に対して、アメリカ人に対して何をもたらしたのか…それを問いかけていることがわかったんです。同時に、私の映画監督としてのテーマが見つかった瞬間でもありました。

――冒頭でもおっしゃっていましたが、こうした映画を人々に届けるのが難しい時代になりました。

五十嵐監督:本当にそうですよね。名画座もなくなり、ミニシアターも減少し、シネコンばかりになってしまって。やっとの思いでどこかの劇場にかけられても、お客さんが入らなければ1週間で興行は終わり、という世界。結局、動画配信サービス頼みになっているところがあると思います。『島守の塔』もそうですが、作り手は映画館の大きなスクリーンを想定して制作しているので(スマホを手にしながら)これで観られると辛いわけです。映画館で観た映画が人生を変えることだってあるわけですからね。なんとか映画館、または大きなホールで上映できないか、今、七転八倒しているところですが、ちょうど全国30県、50館での劇場公開がほぼ終わりになるので、冒頭でも言いましたが、今後は自主上映でより多くの方々に届けたいと思っています。まだまだこれから、これからですよ!

取材・文・写真:坂田正樹

◆映画『島守の塔』自主上映情報:自主上映をご希望の方は株式会社ストームピクチャーズまでお問い合わせください。Mail:info@stormpictures.net Tel :048-825-5585(担当:児玉、臼倉)

◆自伝書籍「戦争がもたらすものを撮る 沖縄戦映画『島守の塔』監督・五十嵐匠の軌跡」発売中

「戦争がもたらすものを撮る 沖縄戦映画『島守の塔』監督・五十嵐匠の軌跡」(泉町書房)/五十嵐匠 語り/堀ノ内雅一 著 定価2530円

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