俳優の中井貴一が自ら製作に乗り出し、日本初の実測地図の開発者・伊能忠敬を題材にした立川志の輔の新作落語を実写化した映画『大河への道』(5/20より公開)。衰退しつつある時代劇を「なんとか後世に残していきたい」という中井の切なる思いを受け止めながらメガホンをとった中西健二監督(『花のあと』『青い鳥』)が、困難を極めた撮影現場を振り返った。
本作は、現代と200年前の江戸時代を舞台に、伊能忠敬の半生を描いた大河ドラマ制作プロジェクトの行方と、日本地図完成に隠された重大な秘密を同時進行で描く異色時代劇。中井をはじめ、松山ケンイチ、北川景子、岸井ゆきの、草刈正雄、橋爪功ら豪華俳優陣が異なるキャラクターでそれぞれの時代に登場し、一人二役に挑戦する。脚本は『花戦さ』、ドラマ『義母と娘のブルース』などの森下佳子が担当。人情味溢れる悲喜劇が時代を超えて展開する。
●絶妙のキャスティングと一人二役の面白さ
――中井さんが志の輔さんに直談判するほど映画化に意欲を示した作品ですが、脚本を読んでどんな印象を持たれましたか?
中西監督(以下、中西):日本地図が少しずつ出来上がっていく過程をドラマチックに描いていて、とても面白かったですね。伊能忠敬の偉業の裏に、仲間たちの並々ならぬ努力とサポートがあった、というエピソードには大いに共感しました。映画作りの現場も似たところがありますよね。も、俳優や監督だけじゃなく、たくさんのスタッフが支え合って初めて成り立つわけですから。
――原作は確か8割が現代パート。構成が部分でかなり変更がありましたが、気にはなりませんでしたか?
中西:確かに脚本では江戸パートが増えて、原作よりも時代劇の部分が色濃く打ち出されていましたね。ただ、原作と脚本を比較することにあまり意味はないし、森下さんが書かれた脚本が本当に素晴らしかったので、私としてはそれを信じて、このプロジェクトに尽力することだけに専念しました。
――キャストがまた絶妙でしたね。特に中井さんと松山さんのコンビは最高でした。
中西:松山さんの出演は、中井さんからの強い要望で決まったと聞いています。お二人は、NHK大河ドラマ『平清盛』で共演して以来、親交があり、本作で魅せた息の合ったやり取りは絶妙でしたね。そのほか、スッとした佇まいに華がある北川さん、一筋縄ではいかない強者役が上手い橋爪さんなど、とにかくキャストの皆さんが素晴らしかったです。
――本作では現代パートと江戸パートで、主要キャストが一人二役に挑戦していますが、演出で心がけたことはありますか?
中西:映画をご覧になるとわかると思いますが、必ずしも現代と江戸時代のキャラクターはリンクしていません。規則性がないところが逆に面白味を増すと思ったんですよね。だから、変に枠を設けず、役者さんのアドリブも含めて、なるべくいろんなものを柔軟に取り込んでいけるようこころがけました。
●この映画には中井貴一の“時代劇愛”が詰まっている
――今回、製作から携わった中井さんは、日頃から時代劇の衰退を嘆いていましたが、中西監督自身はどう捉えていますか?
中西:中井さんと同世代ですし、私も子供の頃から時代劇をたくさん観てきたので、大いに共感しました。時代劇保存協会というものがもしあったら、間違いなく会長は中井さん。ただ、彼の思いは、我々とは比べものにならないくらい、とても深いところにあるんです。時代劇を残したい…それはなぜか。現代劇では決して言えないセリフ、言えない思いも、カツラをつけて、衣装に着替えて、時代劇という枠を借りたら潔く言えたりするものもある。例えば、「織田信長は実は女性だった!」とかでもいいわけです。ただ、大きな嘘はいいですが、それ伝えるための小さな嘘はだめなんだと。つまり、信長は女性でもいいんですが、襖の開け方とか、立ち居振る舞いとか、そのほか細かい所作など、長年培ってきた時代劇の約束事は、しっかりと伝承したいと。今、それを失くして自由にやってしまうと、もう戻れない…中井さんは、そのことを心配しているんですね。
――確かに時代劇の“真”の魅力が若い世代に伝わっているかどうか心配な部分ではありますね。ただ、伝承することは大切だとわかっていても、現実問題、撮影は大変なワケですよね?
中西:時代劇で何が大変かというと、これは、圧倒的に撮影時間なんです。例えば、カツラをつけるのに2時間、終わってとるのに1時間、衣装を着るのも手間がかかり、撮影に入る前の準備にかなりの時間が費やされるわけです。しかも、時代劇ならではの所作や約束事がたくさんあり、ワンシーンごとの撮影も長くなる。襖を開けて出ていく時も、ちゃんと左膝を着いてから出ていくとか…結局、その分制作期間が長くなり、関わるスタッフも多くなるので、連動して予算もきつくなるわけです。さらに本作は、東京の新型コロナウイルス陽性者が5千人を超えた去年の8月6日にクランクインしたので、本当に厳しいものがありました。
――ハードルは高いけれど、それでも楽しみにされている観客もまだまだたくさんいますし、伝承という意味では、苦労してでも若い人に向けて作っていく意義はありますね。
中西:中井さんいわく、このままいけば100年後には時代劇という分野が完全に無くなってしまうそうなので、ここはがんばりどころですよね。確かに大変な労力とお金がかかりますが、作り手としては、時代劇には現代劇では味わえない楽しさがあるので、個人的には今後もチャンスがあればトライしていきたいです。ただ、やる以上は、老若男女問わず、たくさんのお客様に観に来ていただける作品を作らなければならないですね。
提供:バックヤード・コム 取材・文:坂田正樹 撮影:松井証弘
映画『大河への道』は5月20日より全国公開
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