『サムジンカンパニー1995』のイ・ジョンピル監督が韓国の人気スター、イ・ジェフン&ク・ギョファンを起用し、命懸けの脱北計画を描く最新作『脱走』(公開中)がファンを熱狂させている。「システムの現状に満足できず、その場から脱がれようと画策する男の姿を描きたかった」と語るジョンピル監督が本作への熱い思い、そして脱走者と追跡者として激突する2大俳優の魅力について語った。

<Story> 軍事境界線を警備する北朝鮮部隊の軍曹ギュナム(イ・ジェフン)は、まもなく兵役を終えようとしていたが、真の自由を求め韓国への脱走を計画していた。ついに決行の日を迎えるが、部下の下級兵士ドンヒョク(ホン・サビン) に先を越されてしまい、失敗に終わってしまう。さらにギュナムの幼なじみで、保衛部少佐のヒョンサン(ク・ギョファン)の采配により、ドンヒョクを捕まえた英雄として祭り上げられてしまい、ギュナムを前線からピョンヤンへと異動させようとする。迫る脱走のタイムリミットは2日間。ギュナムは、ヒョンサンの目を盗んで再び決死の脱出を試みるが…。

イ・ジョンピル監督来日インタビュー
●リアリティーをベースにしたエンタメ作品を目指した
――コメディー映画『サムジンカンパニー1995』から作風をガラリと変え、南北境界線を舞台にしたハードな脱走劇にチャレンジした理由、または経緯を教えてください。
ジョンピル監督:本作は、数年前、体に銃弾を浴びながら軍事境界線を越えて北朝鮮から脱走した実話をモチーフにして企画されたもので、正直、私も急にオファーをいただいて驚いたのですが、ちょうどその頃、身近な友人とお酒を飲んでいたら、組織に不満を持っていて、「会社を辞めたい!」という泣き言を聞いていたんです。

そこで思ったのが、国も背景もイデオロギーも違うけれど、「システムの現状に満足できず、その場から逃れたい」と思う気持ちを『脱走』という映画で表現したら心に響くものができるんじゃないかと。ジャンルに関しては、確かに『サムジンカンパニー1995』とは180度違う作品ですが、以前からアクションやミステリー、サスペンスなど、幅広いジャンルの映画を撮ってみたいと思っていたので参加することを決断しました。
――実際に脱北経験のある元軍人がダイアログコーチとして参加しているそうですが、どのようなアドバイスをいただきましたか?
ジョンピル監督:北朝鮮のことを描く時は、これまでも実際に脱北した人から話を聞いていたんですが、協力してくださる方の大半はご年配の方が多かったんです。ただ今回は、映画に合わせてできるだけ現在に近い人にしたいと思い、2012年に脱北したチョン・ハヌル氏にお願いしました。彼は若い軍人が使う言葉も知っていますし、どんなことを考え行動しているのかも見聞きしているので、リアルな北朝鮮の今をアドバイスいただき、映画に採り入れようと考えました。
――個人的にはエンタテインメント作品として捉えているのですが、「リアル」と「フィクション」はどのようなバランスで描かれているのでしょうか?
ジョンピル監督:同時にこうも考えたんです。全てをリアルに描けばそれでいいのかと。なぜなら、この作品は、北朝鮮を背景にした物語ではあるんですが、システムの中で苦しむ個人の物語にもしたいという思いがあったので。(これは比喩ですが)夢の中でたまたま降り立ったところが北朝鮮だった…くらいの枠組にして、ある程度のリアリティーをベースにしながら、フィクションも程よく配合し、おっしゃるようにエンタテインメント作品として制作しました。イデオロギーもできるだけ排除し、通常は飾ってある金正日(キム・ジョンイル)と金正恩(キム・ジョンウン)の肖像画もどこにも入れませんでした。

――システムの中で苦しむ個人の物語…それはよくわかります。ただ、主人公のギュナムは、北朝鮮で虐げられているのならともかく、ある程度の役職も用意され、暮らしも保証されているのに、なぜ、射殺されるリスクを負ってまで脱走したんでしょうか?
ジョンピル監督:非常に大事な質問をしてくださいました。この映画を観て、ちょっとここが疑問なんですが…」と言ってくださった方がほかにもいるのですが、まさにあなたがおっしゃったところなんですね。一度捕まりそうになったけれども、ヒョンサンに救われて、このままいけば軍隊に残ることができる。少なくとも食べていくには全く問題がないのに、彼はあきらめることなく走り続ける…。ここはこの映画の肝と言えるでしょう。

私からすると北朝鮮の兵士たちは、目が曇っているというか、魂が抜けた目をしているような気がするんです。つまり、十分に食べてはいけるけれど、覇気がない、「生きている」という実感を持たずにただ生きている。私の表現がうまく言い当てられているかどうかわかりませんが、おそらくギョナムは、脱出を計画するだけでも「生きている」と感じられたんじゃないかと思うんです。脱出のことを考えている時は、ある種の生命力というか、「快感」を得ていたんじゃないかと。だから、どんなに危険でも「絶対に脱出する」という気持ちを止められなかったと思うんですね。
●イ・ジェフンとク・ギョファンを日本人俳優に例えると?
――自由を夢見る脱走兵ギュナムを演じたイ・ジェフン、それを阻止しながらも冷酷になりきれないヒョンサン少佐を演じたク・ギョファン。この二人の魂のぶつかり合いが素晴らしかったと思いますが、監督の目から見た彼らの個々の魅力、共演によって得られた予期せぬ化学反応がありましたら教えてください。
ジョンピル監督:二人とも素晴らしい俳優だと思いますが、それぞれイメージが違うんですよね。これが正しいかどうかはわかりませんが、日本の俳優に例えるなら、ジェフンさんは役所広司さん、ギョファンさんはビートたけしさん。タイプが全く異なる二人が共演し、本編で凄まじい演技の掛け合いをしますが、それによって予想以上のシナジー効果が生まれたと思います。また、二人とも超がつくほどのシネフィルで、私も含めてほぼ同世代で同じ映画を共有しているので、三人で映画の話をすると、本当に気が合って盛り上がるんですが、そういったこともこの作品のパワーにはなっていると思います。

――すみません!ジェフンさんが役所さん、ギョファンさんがたけしさん…面白い例えなので、もう少し詳しく教えていただけますか?
ジョンピル監督:撮影前に演技について二人とたくさんお話をして、自分の考えをまとめたメモを渡すんです。するとジェフンさんは、私が書いた内容を熟知した上で、さらに自分の考えを加えて演技をしてくれるんですが、ギョファンさんは、「内容は理解しましたが、自分はこの通りにできないかも…。その現場に身を置いたときのその感覚だったり、印象だったりで演技をアレンジするかもしれません」と。まるでジャズ演奏者のような俳優さんだなと思いました。

――アクションシーンについても教えてください。先ほど、ジェフンさんにポルシェで追いかけられたことや、沼のシーンで悪戦苦闘したお話を伺ったのですが、全体を通してどんなことを意識しながら構築していったのでしょう。
ジョンピル監督:二人ともがんばってくれましたが、特にジェフンさんは大変だったと思います。今回、アクションのコンセプトは一つでした。それは「直進」すること。普通、目標に向かって走っていく時は、目の前に障害物があり、そこを避けたり、遠回りしたり、隠れたりするものですが、主人公のギョナムは「逃げようか、やめようか」をさんざん悩んだ末に結論を出したので、あとはもうひたすら直進するだけなんです。障害物があろうがなかろうがとにかく直進!何なら自分から近づいていっているところも…。そんな彼を、カメラはまるでスーパーマリオのように隣に寄り添って一緒に追っていくというスタイルがこの映画の特徴になっていると思います。

――ありがとうございます。それでは最後にファンへのメッセージをお願いいたします。
ジョンピル監督:爽快感、スピード感を存分に楽しめる夏にピッタリのアクション追跡劇なんですが、観終わったあと、「自分はこれからどう生きるべきなのか」ということを考えさせてくれる映画でもあります。ぜひ、映画館でご覧ください。(取材・文:坂田正樹)
<Staff & Cast> 監督:イ・ジョンピル/出演:イ・ジェフン/ク・ギョファン/ホン・サビン/ソン・ガン/挿入歌「ヤンファ大橋」:Zion.T /2024 年/韓国/韓国語/カラー/94分/シネスコ/5.1ch/原題:탈주/字幕翻訳:朴澤蓉子/提供:ツイン、Hulu/配給:ツイン/公式HP:dassou-movie.com
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