目の前にいる藤井道人監督は、物腰が柔らかく、表情も口調もとても穏やか。どんな質問でも淀みなく自身の考えを自身の言葉で返してくれる。ところがインタビューの帰り道、ふと藤井監督とのやりとりを頭のなかで振り返ってみると、鋼(はがね)のように強く、何があってもブレない硬派な男が浮かび上がってくる。この印象の乖離は何なのか?改めて録音を聞いてみると、その理由がわかった。優しい語り口に包まれていたけれど、語る内容が驚くほど骨太なのだ。
11月29日(金)より公開される映画『正体』は、戦友・横浜流星との“ある約束”を果たした藤井監督渾身の一作。男気溢れる横浜との絆、何があっても折れないタフな野心、その根底に流れるストイックな映画愛…貴重な機会をいただいた今回のインタビューは、藤井道人という人間のまさに”正体“に触れるとても濃厚な時間だった。その一部始終をお届けする。
<Introduction> 本作は、染井為人による同名傑作小説を『新聞記者』『余命10年』『青春18×2 君へと続く道』など話題作を次々と手掛ける藤井監督が実写映画化した衝撃のサスペンスエンタテイメント。日本中を震撼させた殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けた主人公・鏑木(横浜)が、拘置所を脱走し<5つの顔を持つ>逃亡犯として潜伏を続ける姿を追いかける。共演者も吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈、そして山田孝之と “主演級”の豪華キャストが集結した。
●横浜流星との運命的な出会い
――そもそも横浜流星さんとは、どのような経緯を経て現在の関係性を築いたのでしょう。横浜さんとの出会い、下積み、そして現在のポジションに昇りつめるまでの道のりを教えていただけますか?
藤井監督:最初の出会いは、『全員、片思い』(2016)という映画の打ち上げでした。この映画はオムニバスで、僕たちは違うエピソードの監督と主演だったのですが(藤井監督は『嘘つきの恋』、横浜は『イブの贈り物』)、賑やかな打ち上げの場に僕も流星も馴染めなくて、そこでお互いシンパシーを感じたかもしれません。その後、同作のキャンペーンでご一緒するなかで、お互い、売れないもの同士といいますか、なんとなく「よろしくお願いします」みたいな言葉を交わしたんですが、1週間後ぐらいだったでしょうか、『青の帰り道』という僕の映画(2018)のオーディションに彼がやって来たんです。
――それは藤井監督の作品だからではなく、偶然受けに来たんですか?
藤井監督:偶然です。それがもう嬉しくて、一気に距離が縮まりました。撮影自体も、1年間ストップするなど大変な時期もあったんですが、現場はすごく楽しくて、「いい映画ができているぞ!」という手応えもあり、撮影が終わったあとも、一緒にライブヘ行ったり、ほかの仕事の相談を受けたり、ときには将来の夢を語り合ったり、どんどん絆が深まっていった感じです。
――『青の帰り道』が大きなターニングポイントになったわけですね。
藤井監督:確かに。二人の関係性にとっても、それぞれのキャリアにとっても、大きな変化をもたらした作品になりました。この映画のあと、徐々に評価を高めた流星は次々と話題作に出演するようになりましたし、僕自身も『新聞記者』(2019)などでたくさんの賞をいただくことになった。そういった流れのなかで、「いつか僕が監督で、流星が主演の映画を絶対に撮ろう!」という一つの目標ができたんだと思います。
――年齢はかなり離れていますが、師弟というより同志という関係性ですね。
藤井監督: 10歳離れているんですが、精神年齢が近いのかも。お互いストイックな面は似ていますし。
――流星さんが空手、藤井監督が剣道を本格的にやられていたので、そういう体育会系の部分も共感できる要素なのかなと。
藤井監督:それはあると思います。道を極め、結果を出していくなかで、 克己心や忍耐力がどんどん磨かれていくというか、芸能の世界に入ってもそこは一緒なので、幼少期に培ったものがやっぱり今も生きている。たぶんそれは、二人とも根底にあって、とても大事にしている部分なので、だからこそシンパシーを感じ、意気投合するのかなと思います。
●オリジナルではなく原作もので勝負したのはなぜか
――「いつか流星主演の映画を撮ろう!」という合言葉に対してオリジナル脚本をぶつけてこなかったのはなぜですか?
藤井監督:実はオリジナルを書いていたんです、それも逃亡劇で。ラベリングされた若者たちの逃げる先にいったい何があるんだろう?みたいな、ちょっと暗い脚本だったんですが、当時、僕も流星もまだそこまで結果が出ていないなかで、予算を下げてでもオリジナルでやることが果たして正解なのかと。僕自身は、オリジナルとか、原作ものとか、そういうカテゴライズにあまりこだわりはなくて、逆にオリジナルだと、自分の感情が溜まるまで時間がかかるというデメリットもあるし、求められているときにバッターボックスにちゃんと立ちたいという気持ちが強かったので、本当にいいタイミングで「正体」という原作に出会えたなと思っています。
――原作者の染井さんが本作をご覧になって、「原作では描かなかった部分をあえて映画化した…これは小説『正体』へのアンサーだ」と絶賛されていました。
藤井監督:めちゃくちゃ嬉しかったです。作ってよかったなと思いました。創造主は染井さんなので、リスペクトしながらも原作を改編するというのはとても気を遣うんですよ。ただ、だからといって何百ページもの小説を2時間にまとめるだけだと、要約になってしまうので、再解釈というか、一度スクラップアンドビルドをしないと映画の2時間にはならないと思ったんです。だから、 結構大胆に描いたところと、忠実に描いたところがあって、何百回もオペをして脚本を完成させたので、年に1度しか映画館に行かない中学生にも届いてほしいなと。エンタテインメントを信じる力だけが頼りだったのですが、染井先生の言葉は本当に心の支えになりましたし、安堵しました。
●完全変装ではなく“紛れる”というリアリティー
――変装した5人の鏑木が出てきます。観る側は鏑木だと知っていることもありますが、鏑木だとすぐにわかる変装を意図的にしているようにも思えました。映画として脱走=変装=逃亡はサスペンスの肝だと思いますが、どんなこだわりを持って演出されたのでしょうか?横浜さんもそこを理解して絶妙なサジ加減で演じていたように感じました。
藤井監督:流星は鏑木そのものでした。本当に素晴らしかったです。おっしゃるように、その絶妙さは、リアルに過去の事件の判例全てがそうなんですよ。逃亡犯って何人かいるんですが、それほど凝った変装はしていないそうです。逃げるために“変える”のではなく“紛れる”ことをたぶん選択してるんですよね。だから、鏑木も変装をやりすぎるとリアリティーが逆になくなるので、どう紛れれば逃げ切れるか、というところを大事にしました。
――鏑木の本当の姿、輪郭、そして「正体」を知る手がかりとして、彼に関わる人々も重要な役割を担っています。刑事・又貫征吾(=山田孝之さん)、安藤沙耶香(=吉岡里帆さん)、野々村和也(=森本慎太郎さん)、酒井舞(=山田杏奈さん)それぞれの役柄と、彼らを配役した理由を教えていただけますか?
藤井監督:今回はメジャー映画ということもあって、キャスティングに関しては、流星と山田(孝之)さん以外は、プロデューサー陣からご提案いただき、ディスカッションしながら決めていきました。尊敬する山田(孝之)さんは、『デイアンドナイト』(2019)でプロデューサーをやっていただいたんですが、俳優部としてぜひご一緒したかったので、僕が直談判させていただきました。大きな賭けではありましたが、流星を捕まえる刑事役は山田(孝之)さんしかいないなと思ったんです。
――山田(孝之)さん演じる又貫刑事の存在が、鏑木の苦悩をより際立たせていましたね。
藤井監督:プロデューサーの山田(孝之)さんは、言葉は少ないですが、いつも僕らを気にかけてくれる優しい兄貴っていう感じなんですが、俳優部のときは、その役を生きるためにどうしたらいいのかを背中で見せてくれる。どこからでも入れるセットがあっても、絶対にドアから入るとか、そういう一つ一つの動きにも嘘をつかないからこそ、内面にある葛藤を誇張して出さなくても、自然とにじみ出てくるんだと思います。山田(孝之)さんに頼んで本当に良かったなと心から思っています。
――そのほかの共演者さんたちはいかがでしたか?
藤井監督:沙耶香という役は、原作から一番大きく変わったところなんですが、すごく包容力がありながら、ときに厳しさみたいなものが垣間見られる女性。この役にふさわしい吉岡さんとぜひご一緒してみたいと思い、お願いしました。森本さんは、アーティストとしてはSixTONESのメンバーとしてすでにメジャーでしたが、俳優部としてはまだまだこれから。でも、すごく芝居心があって、今回の裏のMVPは彼だなと思えるくらい和也を見事に演じてくれました。山田(杏奈)さんは、最後の長野パートで責任も重めだったと思うんですが、ある種、最も一般人に近い目線を持った人が必要だったので、今どきの若者を体現できる女性、ということで彼女に決めました。
――役者も揃って、非常に骨太で緊迫感のある素晴らしい作品に仕上がりました。
藤井監督:ありがとうございます。俳優部、そしてスタッフの皆さんのおかげで、緊張感溢れるエンタテインメント作品ができたと思います。とても手応えを感じているので、いろんな方々にちゃんと届いてくれると嬉しいなと思います。
●映画は「夢の工場」ともう一度言われたい
――インディーズからメジャーへ、映画製作の環境も変わったと思いますが、ご自身のなかで変化はありますか?
藤井監督:いろいろ変化したところはありますが、変わらないのは「ビジネス」の部分ですね。某テレビ番組の鼎談で、「最近、数字のことを気にしすぎるとつらくなる」みたいなことを言いましたが、お金をいただいて映画を作っているので、それを黒字にしなければならないという使命感は、基本的にインディーズのころから変わっていません。失敗すれば、僕を信じて投資してくださった人を裏切ることになるわけですから。もちろん、文化的に残さなければいけない映画があるし、それも必要だと思いますが、映画で売り上げたお金を関わった皆さんに還元し、それで皆さんが幸せになれば、もう一度、映画は「夢の工場」って言われるんじゃないかと本気で思っているんですよ。
――流星さんとの約束を果たした記念すべき本作もそれを背負っているわけですね。
藤井監督:約束を果たしたからといって僕と流星の映画人生がここで終わるわけではないので、あくまでも次回作に向けての通過点なんですが、次に進むためには、まずこの作品が結果を出さなければいけない…そう思うとプレッシャーは大きいですね。ただ、「観て絶対に損はさせない」という思いで 作ったので、何かを得たいと思って来た人には、何か暮らしの養分となるものをお渡しすることができると思うし、何気なく観に来た人たちにもハラハラ、ドキドキ、心から楽しんでもらえると思うので、ぜひ劇場に足を運んで、自由に観ていただきたいですね。
(取材・文・写真:坂田正樹)
<Staff & Cast> 原作:染井為人『正体』(光文社文庫)/出演:横浜流星、吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈、前田公輝、田島亮、遠藤雄弥、宮﨑優、森田甘路、西田尚美、山中崇、宇野祥平、駿河太郎、木野花、田中哲司、原日出子、松重豊、山田孝之/監督:藤井道人/脚本:小寺和久、藤井道人/配給:松竹 公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/shotai-movie
©2024 映画「正体」製作委員会