「坊っちゃん文学賞」大賞受賞の青春小説(著者:敷村良子 )を初アニメーション映画化した『がんばっていきまっしょい』が10月25日(金)より公開された。
愛媛・松山を舞台に、ボート部に青春をかけた女子高校生たちの成長をみずみずしいタッチで描いたのは、宮﨑駿監督の三鷹の森ジブリ美術館短編『毛虫のボロ』のCGディレクターを務め、初の長編監督映画『あした世界が終わるとしても』がアヌシー国際アニメーション映画祭コンペティション部門 にノミネートされた俊英・櫻木優平。「逃げ場のない挑戦だった」と振り返る櫻木監督に本作に込めた思いとともに、独自の演出法について話を聞いた。
<Story> 三津東高校2年生の村上悦子(愛称:悦ネエ/雨宮天)は、転校生の高橋梨衣奈(愛称:リー/高橋李依)に巻き込まれ、佐伯姫(愛称:ヒメ/伊藤美来)と共に廃部状態だったボート部に入部することに。何事にも一生懸命になれないでいる冷めた性格の悦子だったが、下手でも懸命にオールを漕ぐ兵頭妙子(愛称:ダッコ/鬼頭明里〉、井本真優美(愛称:イモッチ/長谷川育美)ら仲間を見守るうちに、悦子のなかに少しずつ変化が起きてくる。
●スポ根ものとは違う不思議な空気を纏った作品
――すでに映画、テレビで実写化され、高い評価を得た傑作青春小説を、ここに来てアニメ化するに至った経緯を教えていただけますか?
櫻木監督:前作『あした世界が終わるとしても』(2019)が終わったあと、松竹さんと次はどんなアニメ作品を作りましょうか?と話していたとき、「女の子ががんばる物語」というテーマがいいんじゃないかということで意見が一致し、最初はオリジナル脚本で考えていたんです。ただ、手を替え品を替え書いても、どうしても既存の作品に似かよってしまう…「だったら、すでに知名度のあるいい原作を探した方が多くの人に観てもらえるのではないか、クオリティーの高い作品ができるんじゃないか」と思い、そこで、昔読んでとても印象に残っていた『がんばっていきまっしょい』を提案したら、アニメ化の権利をいただくことができ、アニメ化の権利をいただけそうだということで製作する流れになりました。
――原作がとても印象に残ったとおっしゃいましたが、どんな点に心を動かされたのですか?
櫻木監督:中学生くらいのときに、実写映画を観て、そのあと小説を読ませていただいたんですが、いわゆるスポ根ものという感じではなく、どちらかというと、女子高校生たちの情緒みたいなものを中心に描いていて、不思議な空気を纏った作品だなという印象でした。
――今回、アニメ映画化するにあたって、実写映画を観てしまったあとだと、そちらに引っ張られそうな気がしますが、それはなかったですか?
櫻木監督:実写映画の焼き直しではなく、あくまでも新作として描きたいとは考えていました。ただ、実写映画・TVドラマ、それぞれにファンが多い原作なので、それらを全く無視はできないと思いました。なので、時代設定を現代に変えながらも、キャラクターの肌触りや見え方を継承するという方向で表現を模索しました。
――いろいろ複雑な思いを抱えながら、それでも前を向いてがんばっていく…そういうところは、むしろ、いまの時代に合っている題材だなとも思いました。
櫻井監督:確かにそうですね。題材自体が今のアニメ向きだなという感覚が自分の中にもあって、ストーリーはスーっと作れました。読後感を変えずに時代設定を現代にして落とし込むことによって、アニメならではの作風にできたかなと思っています。
●日常芝居を中心に描く逃げ場のない作品
――今回、3DCGで全て作られていますが、櫻木監督ご自身もCGが得意ということで、何か新しい挑戦ですとか、新しい試みなどありましたでしょうか?
櫻井監督:SFやファンタジー作品だと、派手なエフェクトやアクションなどで3DCGならではの見どころが作れるのですが、今回は、ボートというスポーツがありつつも、どちらかというとキャラクターの成長であったり、情緒であったり、そういった日常芝居を中心に人物を描くということから、逃げ場のない作品だったので、体の動き、顔の動き、そして声の質など、それぞれ別のやり方になるんですが、クオリティーを上げていく作業は大きな挑戦でしたね。3つのバランスのどこかがズレると、そこで違和感というか、嘘っぽさが出るんですが、特に体の動きの情報量と顔周りのバランスが難しく、「体はヌルヌルと動くけど、表情が全然変わらずお面みたいで気持ち悪い」という状態に陥ることも。どれか1つの要素に注力するというより、全てがきちんと連動するようにバランスをとる…そこはすごく意識して作りました。
――キャラクターたちを包み込む街並みや風景もすごく美しくて臨場感がありました。実際に松山まで行かれてリサーチしたそうですね。
櫻木監督:そうなんです。松山という実際にある町が舞台なので、できる限りリアリティーを持たせるために、現地に何度も足を運んで、実際にある建物やお店を周ったり、地元の方々の温度感を調査したり、そこで観た風景を目に焼き付けたり…それらを脚本や映像作りに生かしています。
――リアリティーを追求しつつ、アニメならではの美しさというか、櫻木監督の美意識みたいなものも映し出されていたように思います。
櫻木監督:確かにリアリティーといっても、実写と同じレベルまで再現してしまうとわざわざアニメにする意味がないので、そこはアニメの世界ならではの美しさを立てていこうと思いました。特に色味は彩度の高い使い方をしていて、夏の鮮やかな世界観は狙って作り込んでいます。なかでもドラマの山場をエモーショナルに魅せる「夕景」にはかなりこだわりましたね。
――効果音や音楽も含めて、「音の使い方」も素晴らしかったですね。「今、海の上だな」とか、「ここは艇庫の中だな」とか、音だけ聞いてわかるくらいクオリティーが高いなと思ったんですが、サウンド面でも何かこだわりがあったんでしょうか?
櫻木監督:音に関しては、前作『あした世界が終わるとしても』でもご一緒したサウンドデザイナーの荒川きよしさんとリレコーディングミキサーの鈴木修二さんという強力音響チームがいるんですが、実際に松山まで一緒にロケハンに行って、海の音とか、花火の音とか、蝉の鳴き声とか、現場の音をたくさん録ってきたので、さらにリアルさを増した映像になっていると思いますね。自分の場合、音だけのムービーを最初に作って、それに画をはめていくという作り方をしているので、それくらい音は重要な要素だと思っています。
――声優さんも、雨宮天さん(悦子)ほか、伊藤美来さん(姫)、高橋李依さん(梨衣奈)、鬼頭明里さん(妙子)、長谷川育美さん(真優美)と超豪華な顔ぶれが揃いました。彼女たちをボート部員に起用した理由を教えてください。
櫻木監督:大前提として芝居のうまい方を選んだのですが、今回は自然な日常芝居を求めていたので、オーディションのボイス以外に、役を演じてないときの普段の喋り方や雰囲気なども調査して、各キャラクターにできるだけ合いそうなう方をチョイスさせていただきました。ご本人たちからすれば、「なぜ私がこの役?」という疑問もあったかもしれませんが、そういう要素も1つの選考要素とさせていただきました。
――特に注意されたこと、こだわったところはどこですか?
櫻木監督:細々したところはたくさんあるんですが、一番気をつけたのは5人のバランス。特に姫と梨衣奈のキャラ被りは気をつけましたね。セリフの文字面だけ見ると似たキャラになりがちだったので、梨衣奈をちょっと元気にして、姫を大人っぽいキャラの方にシフトさせて、違いを出しました。
――5人のチームワークのよさが声に表れていましたね。最後に、これからご覧になるファンに向けてメッセージをお願いします。
櫻木監督:原作が持つ核は変わっていませんが、アニメならではのアプローチで普遍的なテーマを、美しい風景とリアリティーのある人間描写で作り上げました。どの層の方が観ても楽しめる作品に仕上がったと思いますので、ぜひ劇場に足を運んでいただけると嬉しいです。
(取材・文・写真:坂田正樹)
<Staff & Cast> 声の出演:雨宮 天、伊藤美来、高橋李依、鬼頭明里、長谷川育美、江口拓也、竹達彩奈、三森すずこ、内田彩/原作:敷村良子 「がんばっていきまっしょい」(幻冬舎文庫)(松山市主催第4回坊っちゃん文学賞大賞受賞作品)/監督:櫻木優平/脚本:櫻木優平、大知慶一郎/キャラクターデザイン:西田 亜沙子/CGディレクター:川崎 司/色彩設計:田中美穂/美術監督:平良晴佳/撮影監督:権田光一/アニメーションプロデューサー:佐久間周平/アニメーション制作:萌、レイルズ/音楽:林イグネル小百合/主題歌:僕が見たかった青空「空色の水しぶき」(avex trax)/協力:松山市/製作幹事:松竹 /製作:がんばっていきまっしょい製作委員会 (松竹/バップ/テレビ東京/愛媛新聞/南海放送/テレビ愛媛/あいテレビ/愛媛朝日テレビ/エフエム愛媛)/配給:松竹 公式サイト:https://sh-anime.shochiku.co.jp/ganbatte-anime
©がんばっていきまっしょい製作委員会