2018年公開の短編映画『カランコエの花』で国内映画祭 13冠に輝いた俊英・中川駿監督が、直木賞作家・朝井リョウ(『桐島、部活やめるってよ』『何者』ほか)の連作短編小説を映画化した最新作『少女は卒業しない』(公開中)。廃校が決まり、校舎の取り壊しを目前に控えたとある地方高校を舞台に、自分たちの全てだった“学校”と“恋”にサヨナラを告げる少女4人の卒業式までの2日間がリアルに描かれる。7エピソードあった原作を4エピソードに絞り込み、それぞれのストーリーを並列的に積み重ねていったという本作。「これは僕にとって新たな挑戦、ぜひ原作と比べて観てほしい」という中川監督に、その真意を聞いた。
あらすじ:進学のため上京することになり、地元に残る恋人・寺田(宇佐卓真)との関係が気まずくなっていた後藤由貴(小野莉奈)。幼なじみの森崎(佐藤緋美)に思いを寄せている軽音楽部長の神田杏子(小宮山莉渚)。クラスになじめず図書室に通ううち管理人の坂口先生(藤原季節)に淡い恋心抱く作田詩織(中井友望)。そして、恋人・駿(窪塚愛流)へのある思いを抱えたまま卒業生代表の答辞を務めることになった山城まなみ(河合優実)。廃校により校舎の取り壊しが決まった島田高等学校、最後の卒業式まであと1日。体育館では卒業式の予行演習が行われる中、4人の少女たちは明日卒業する“学校”と“恋”にそれぞれの思いを馳せていた…。
●原作小説を大胆に「脚色」
――朝井さんの原作を映画化しようと思ったキッカケは何だったのですか。
中川監督:プロデューサーの宇田川(寧)さんから、「こんな原作があるんだけれど、どうかな?」と声をかけていただいたんですが、それが朝井リョウさんの「少女は卒業しない」(集英社文庫刊)だったんですね。宇田川さんが僕の『カランコエの花』をとても気に入っていて、「何か通じる世界観があるから、中川監督に撮らせたらきっと面白くなるんじゃないか」と思ってくださったらしく、ご提案いただいたのがキッカケです。
――原作を読んでみて、どんな印象をお持ちになったのでしょう。
中川監督:少女たちの複雑な心情というか、表の意味と裏の意味があって、そういう空気感みたいなのは、確かに前作で培った経験が活かせる作品かもしれないと思いました。
――7つあったエピソードを4エピソードに絞って脚色されていますが、脚本づくりで苦労された点や意識した点はどこですか。
中川監督:原作は7人の少女のオムニバスで、時系列が交わっておらず、卒業式当日の早朝から夜までの時間を7分割してリレー形式で話が進んでいくので、同時並行で物語が進まないんですね。これをそのまま映像化しても短編映画にしかならないので、一本の長編映画にするために、直列で組まれている物語を「並列に組み替える」という作業がどうしても必要になってきて。そこはとても苦労したところですね。
――朝井さんとは、この大胆な脚色についてご相談されたのですか。
中川監督:直接お会いしてお話できたのは、実は撮影中だったんですが、それまでは、プロデューサーや出版社の編集者を経由して、オンラインのやり取りで脚本のご感想や修正案をいただきながらブラッシュアップしていきました。基本的に朝井さんは、ご自身の作品をそのまま映像化してほしいとは思っておらず、「原作は原作、映画は映画としてそれぞれ別のものとして楽しみたい」みたいな感覚をお持ちの方なので、かなり大きく変えたシナリオに対してもとても好意的でした。逆に「ありがとうございます」っていただけたのがとても嬉しかったです。
●演出の基本は「余計なことはしない」こと
――『カランコエの花』の時にも思ったのですが、少女たちの自然な姿が非常によく出ているなと思うのですが、やはり自分の高校時代のことをちょっと覚え浮かべたりとかしたのですか。
中川監督:逆ですね。まず、自分を出さない、余計なことはしないことを心がけました。僕も36歳、高校生の年齢をさらに一周しているので、あの頃のリアルは自分の中にほとんどないのですよね。ところが、出演者のみんなは高校を卒業して間もない子たちだし、小宮山さんにいたっては、当時、現役の高校2年生でしたし。だから、彼らの中にあるリアルを僕が余計なことして殺さないことを常に意識として持ちながら演出しようと。事前の本読みや顔合わせの時にも、「僕の言っていることをそのまま受け入れなくてもいいです。やりたいようにアレンジしてもらっていいし、意見があったらどんどん言ってほしい」とハッキリ伝えました。そうやって自然な演技が生まれやすい現場づくりをしていたので、結果的にリアルな空気感が生まれたのだと思います。
――そのスタンスに気付いたところが、中川監督の聡明なところかなと思います。
中川監督:いえいえ、臆病なだけです(笑)。『カランコエの花』の時もそうでしたが、主軸が女子高生だったりすると、どうしても男性側の偶像みたいな女子にしたくなるものですが、それが凄く怖かったのです。
――撮影に入る前、俳優さんたち同士でコミュニケーションを図ったりしたのでしょうか。
中川監督:特にスタッフ側が意図してコミュニケーションの場を用意したわけではないのですが、現場の控え室が大部屋だったのが良かったみたいですね。今回、山梨県上野原市にある廃校になってしまった中学校を使って撮影したのですが、劇中に使わなかった音楽室をキャストの控え室にさせていただいたのですが、休憩時間、みんなそれぞれ自由に過ごして、疑似的な学校空間みたいになっていたようです。役柄に合わせて積極的にコミュニケーションをとる人もいれば、逆に作田のようにコミュニケーション取らない方がいい人は、一人で本を読んで過ごしたり…控室の段階からテンションの調整がうまくできたんじゃないですかね。
●河合優実の「魅力」は言語化できない
――今回、初主演を務めた河合優実さん(『由宇子の天秤』『愛なのに』)は以前から注目していたんですが、中川監督の目から観てどこが魅力だと思いますか。
中川監督:いまだに言語化できていないんですが、現場で河合さんを映している時、何かこう目が離せない“引力”みたいなものを感じたんですよね。それが何から来ているのか…筆舌に尽くし難いものがあるんです。その最たるものが答辞のシーンですね。卒業式本番、答辞を読もうとするんですが、胸が苦しくなって読めなくなってしまう…。
事前にカメラマンの伊藤(弘典)さんと話し合って決めた画角があったんですが、どんどん寄って行って、どアップになっちゃったので、伊藤さんに「随分、寄りましたね」って後で声をかけたら、「いやぁ、止まらなかったんですよ」とおっしゃっていて(笑)。でも、河合さんをアップで映したくなるその気持ち、凄くわかるんですよね。これも彼女の才能だと思います。表面的な美しさだけでなく、芝居の質の高さと言いますか、「わぁ、凄い…」と思わせるあの感覚は、正直、初めての経験でしたね。
――言葉にできない魅力…本当にそうですね。ほか各エピソードのヒロインを演じた小野莉奈さん(『アルプススタンドのはしの方』)、小宮山莉渚さん(『ヤクザと家族 The Family』)、中井友望(『かそけきサンカヨウ』)についてはいかがでしょう?
中川監督:小野さんは、一番自由に演じてくれたと思います。結構、予想外の動きをするんですね。「あ、ここ立ち上がるんだ」とか、「こっち来るんだ」とか、「あっち行っちゃうんだ」みたいな(笑)。カメラマンもびっくりするような動きをするんですが、僕一人では到底行けなかった世界へ彼女の自由な想像力が連れて行ってくれた感覚はありますね。予定調和じゃない画も生まれて、イキイキとしたシーンが撮れました。
小宮山さんは、唯一、現役の高校生だったので、そのまま居てもらうために、極力邪魔しないようにしていました。『ヤクザと家族 The Family』に続いて映画2作目で、まだ現場の経験が少ないので、ご本人も「一生懸命勉強させてもらいます!」みたいなスタンスで臨んでくるから、彼女が来ると明るくなるんですよ。ただ、内面はすごく子供っぽいところがあって可愛らしいんですが、ここ一番という時には急に大人びた表情を見せたりするので、ちょっと神々しさを感じる時もありました。
中井さんは、今回演じていただいた作田のキャラクターが、もともとご自身のパーソナリティに近いキャラクターだったみたいです。ご自身も学校はあまり得意じゃなくて、不登校になっていた過去があったらしく、すごく作田にシンパシーを感じると。そういう背景もあったので、中井さんに関してはそれこそ余計なことしないようにしようと思い、そのまま居てもらったんです。しかも、ちょうど中居さんのパートだけコロナ禍などの事情もあって、本読みさえできなくて、いきなり本番だったので、余計なことをお伝えする機会もなかったのですが、逆に伝えずに済んだことが説得力のある演技を生んだのかなと思っています。
●本作は新たな「群像劇」への挑戦
――それぞれの4つのエピソードを描きながら、最終的に1本の長編映画として束ねていったわけですが、相乗効果というか、中川監督の中で新しい発見だったり、可能性だったり、何か収穫はありましたか。
中川監督:群像劇って最終的に一つに集約されていくといいますか、ストーリーが交わっていくものが多いんですが、卒業式ってみんなが一つのところに落ち着くというよりは、それぞれがそれぞれの別れを迎えていくっていうのがリアルだし、それぞれのストーリーがあちらこちらで完結して行くのが面白味なのかなと思いました。ただ、群像劇でそれぞれのストーリーが何も交わらないまま終わってしまう作品って、そんなにない気がしていたので、そこは僕の中の大きなチャレンジでしたね。例えば、李相日監督の『怒り』(16)も交わらない群像劇ですが、そもそも場所も人間関係も全く別物だったので、「同じ場所にいるのに交わらない」というところは未知の世界でした。最終的には、良い効果を生んだと思いますし、一つ新しい境地に行けたかな、という手応えはあったので、思い切ってチャレンジしてよかったかなと思います。
――最後に、改めて本作を中川監督の言葉でアピールしていただけますか。
中川監督:本作は、青春映画ではありますが、若者だけに向けた限定的な作品ではなく、普遍的なメッセージを持った作品でもあるので、幅広い層の方々に観ていただきたいと思います。それから、これはあえて言わせていただきますが、朝井リョウさんの原作と比べて観ていただきたいですね。朝井さんが原作者として大事にされていたこと、それを僕がどういう形でバトンを受け取って、どう感じたのか…。僕なりの一つの解釈の提案だったりするので、映画を観てから原作を読まれてもいいですし、その逆でもいいですし、ぜひ、映画と原作を比べていただきたいです。それぞれの作家がどういう思いで、どういう解釈で作品化しているのかが見えてくると思うので、ぜひ両方を楽しんでいただければと思います。(取材・文・写真:坂田正樹)
2023年2月23日(木・祝)より新宿シネマカリテ、渋谷シネクイントほか全国公開中!
© 朝井リョウ/集英社・2023映画「少女は卒業しない」製作委員会