ミステリ小説界の巨匠・綾辻行人(あやつじ・ゆきと)の最高傑作を映像化したドラマ、Huluオリジナル「十角館の殺人」がHuluで全5話独占配信中、早くも大きな話題を呼んでいる。緻密かつ巧妙な叙述トリックで読者をその世界に引き込みながらも、わずか“1行”で事件の真相を描くというその大胆かつ特異な構成から、「映像化は不可能」と言われ続けてきた本作。
誰もが及び腰になるなか、満を持して名乗りを挙げたのが、テレビドラマ「安楽椅子探偵」シリーズ(有栖川有栖と綾辻の共同原作/朝日放送)の演出を手掛けるなど、かねてから親交のあった内片輝(うちかた・あきら)監督だ。自ら綾辻作品のファンであることを公言し、準備に20年を費やしたという内片監督に、このプロジェクトに懸けた並々ならぬ思いを聞いた。
<Introduction> 本ドラマの原作である同名小説は、累計670万部の大ベストセラー「館」シリーズの記念すべき第1作目にして、綾辻行人史上最高傑作の呼び声高い作家デビュー作。2023年10月に発表されたタイム誌が選ぶ「史上最高のミステリ&スリラー本」オールタイム・ベスト100に選出され、ドストエフスキー「罪と罰」、アーサー・コナン・ドイル「バスカヴィル家の犬」、スティーヴン・キング「シャイニング」、トマス・ハリス「羊たちの沈黙」など世界の名だたる作家、名著と肩を並べる快挙を成し遂げた。
そして内片監督とともに本作の映像化に挑むのは、「半沢直樹」「家政夫のミタゾノ」など、大胆な構成力とエンタテインメント性をベースにした作品を数多く手掛けてき脚本家の八津弘幸(やつ・ひろゆき)。さらに、各キャラクターに命を吹き込む俳優陣も新旧実力派が勢揃い。物語の軸を担う凸凹コンビに奥 智哉と青木崇高、事件に巻き込まれる大学ミステリ研究会のメンバーに望月歩、長濱ねる、今井悠貴、鈴木康介、小林大斗、米倉れいあ、瑠己也(るきや)、菊池和澄(きくち・あすみ)、さらに濱田マリ、 池田鉄洋、前川泰之、河井青葉、草刈民代、角田晃広、仲村トオルらベテラン勢が脇を固め、観る者を釘付けにする。
<Story> 十角形の奇妙な外観を持つ館“十角館”が存在する角島(つのじま)。1986 年、その十角館を建てた天才建築家・中村青司(仲村)が、焼け落ちた本館・青屋敷で謎の死を遂げていた。半年後、無人島と化していた角島に、K 大学ミステリ研究会の男女が合宿で訪れる。同じ頃、海を隔てた本土では、かつてミス研のメンバーだった江南(かわみなみ)孝明(奥)のもとに、死んだはずの中村青司から1通の手紙が届く。“十角館に滞在するミス研メンバー”と“死者からの手紙”、「これは偶然とは思えない」……江南は独自に調査を進めるが、、島田潔(青木)という奇妙な男と偶然出会い、行動を共にしていくことになる。そんな中、ミス研の1人が何者かによって殺害される事件が起きる。
◉内片輝監督インタビュー
ーー綾辻さんに直談判したそうですが、このミステリ小説をご自身の手で映像化したいと思った理由を教えていただけますか?
内片監督:初めて『十角館の殺人』を読んだ時、すごく衝撃を受けたんですが、この感覚を「映像でも味わってみたい」とずっと思い続けていました。 メイントリックだけではなく、原作が持つ独特の世界をライブアクション(実写)で観たいというこの願望、実は小説ファンの中にも少なからずいるんじゃないかと。「十角館の中ってどんな感じ?」「角島ってどんなところ?」「江南や島田はどんな動きをするの?」… ところが、『十角館の殺人』のメイントリックは「映像化不可能」という認識が一般的に根付いている、その思いを覆したのが、綾辻行人さんご本人との運命的な出会いからでした。
ーー「安楽椅子探偵」というドラマシリーズでご一緒されたんですよね。
内片監督:はい。「安楽椅子探偵」シリーズの第1弾「安楽椅子探偵登場」(朝日放送/99)で初めてご一緒しました。この作品は、2時間のドラマを視聴して犯人を推理し、正解者に懸賞金が与えられるという趣旨のテレビ番組。「原案」を綾辻さんと小説家の有栖川有栖さんが担当されていたのですが、その制作過程の中で、本格ミステリを映像で観せるためのヒントと言いますか、ほんの小さな気づきが自分の中で芽吹いた気がします。「もしかすると『十角館の殺人』を映像化できるかも」「それなら自分で監督してみたい!」… そんな思いを抱いてから実現までに20年以上かかりましたけどね。
ーー20年以上は驚きですね!映像化に際して何が難しかったのですか?
内片監督:『十角館の殺人』という名前だけを借りて、映像化するためにトリックを変更するつもりは全くありませんでした。自分の中の絶対条件は、原作のトリックの趣旨を裏切ることなく映像化することです。 これは作品を観ていただくしかないのですが、「アレ」を具象化するには、「偶然うまく行った」とか、「奇跡を期待する」、ではなくて、成し遂げるための準備期間や工夫が必要でした。この作品は監督のアイディア一つで乗り切れるタイプのものではありません。スタッフ、キャストともに目標を定めて、普段とは違うプロセスをまっしぐらに突き進む、そんなイメージでしたね。
ーー本作を含め、綾辻氏が生み出す小説世界の中で、一番惹かれるところはどこでしょう。
内片監督:「鮮烈なトリック」に惹かれるのは当然なのですが、それだと答えがありきたりになってしまって面白くないので、あえてそれ以外で答えると、「キャラクターの持つ怪しさや独特の色合い、また登場人物のセリフや振る舞いの風味」が好きです。例えば『十角館の殺人』であれば、エラリイ(K 大学ミス研の一人)や島田潔。そう思うのは自分だけかも?とも思うのですが、ハードボイルドの探偵主人公ものと通じている気がしています。こだわりが強く、周りからは少し異端扱い、でも本人は全く気にしない。ある種の孤高感、そして純粋さ。何というか、こだわった生き方が好きなのです。
ーー監督でもありプロデューサー(兼任)でもある内片さんから、脚本家チームにお願いしたことはどんなことですか?
内片監督:自分がやりたかったことは、読者が『十角館の殺人』を読んだときと同じような面白さを、映像作品でもお客さまに感じてほしいということ。今回はプロデューサーも兼任していましたので、方針として、脚本家チームには最初からその趣旨を伝えていました。脚本の八津弘幸さんはそこを理解していただいた上で、八津さんが得意とするエンタテインメント性の強い脚色をあちこちに織り込んでくれました。
ーー奥智哉さんと青木崇高さんの凸凹コンビが絶妙でした。キャスティングはどのように決めたのでしょうか。
内片監督:青木崇高くんとはいくつも作品をご一緒してきたので、今回の島田潔役はぴったりハマるのではないかと確信がありました。一方、江南のポイントの一つは、島田とのバランス。学生らしい可愛らしさ、屈託のなさ、そういった側面が強調できるキャスティングが必要でした。そういった視点から、他の作品や資料で奥 智哉くんを知り、ぴったりの要素を持っているなと。江南と島田のコンビ、結果的に大好きな二人になりました。島田の自由奔放さと江南の青年らしい迷い、同時に見せる明るさ。二人とも可愛らしいじゃないですか。このコンビ、もっと観ていたいと思わせてくれます。プライベートも非常に魅力的で、撮影の間で交わしたお二人との会話はとても楽しかったです。
©綾辻行人/講談社 ©NTV
ーー十角館を訪れるミス研メンバーは、若手ながら実力者揃いでしたね。
内片監督:十角館を訪れる学生たちのキャスティングは慎重に進めました。館には大人が誰も出てこない。つまり、ベテランの役者が芝居を引っ張っていくことはできない。キャリアと年齢が似通ったフレッシュな役者たちが、お互いがお互いを刺激し合いながら芝居を高めていくような……そんな現場にしたかったんです。その新鮮な反応がそれぞれしっかりとキャラクターに表現されたと思います。本当に、みんな素晴らしかった。なんというか、周りに優しく、自分に厳しく。言葉で言うとそんなイメージですね、いいチームでした。
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ーー特に長濱ねるさんは、今までみたことがない強烈なキャラクターに挑戦していました。
内片監督:長濱ねるさんだけ、以前、とあるドラマのワークショップでお会いしたことがあったのですが、彼女が演じる女王様キャラクターは、今までの彼女の引き出しにはなかったもの。苦労するだろうことは予想できていましたが、成長した姿を観てみたかった。
彼女はきちんとその期待に応えてくれてうれしかったですね。その覚悟が見て取れました。 そして……特別にもう一人あげるとしたら、島の「あの人」。本当に頑張りましたね。詳しくは言いにくいですが、「あの人」の頑張りがないと作品は成立しなかったのですから。すごく褒めてあげたいです。
(取材・文:坂田正樹)
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