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SEP 05, 2023 インタビュー

松井玲奈、ポリシーを持たないことがポリシー「大切なのは臨機応変に表現すること」

連続テレビ小説『まんぷく』『エール』や大河ドラマ『どうする家康』(NHK)など国民的番組で存在感を発揮しながら、『幕が下りたら会いましょう』『よだかの片想い』などの映画作品では“座長”として制作チームを見事に牽引した松井玲奈。現在公開中の最新主演映画『緑のざわめき』では、幼い頃のトラウマと病気を抱えながら、生き別れた2人の異母妹との出会いを通して人生再スタートを切る女性・響子に扮し、自身の内面と対峙する静かな演技で新境地を拓いている。そんな進境著しい松井に、本作への熱い思いとともに、役者としての現在地を聞いた。

松井玲奈 ©backyard.com 写真:高野広美、スタイリスト:鼻先さや(DRAGONFRUIT)、ヘアメイク:藤原玲子

<Introduction> 第18回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門へ正式出品された本作は、女優としても活動する新鋭・夏都愛未監督(『浜辺のゲーム』)が、大江健三郎や中上健次の文學にインスパイアされ、葉脈と血の繋がり、ファミリーツリー、性と聖の繋がりをテーマに脚本も手がけた完全オリジナル作品。松井とともに映画『mellow』の岡崎紗絵、オムニバス映画『21世紀の女の子』の倉島颯良が3人の異母姉妹を演じている。

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<Story> 痴漢被害のトラウマを抱えて生きてきた響子(松井)は、病気を機に女優を辞め、東京から生まれ故郷のある九州に移住しようと福岡に帰ってきた。そんなある日、響子と異母姉妹であることを隠しながら、妹にあたる菜穂子(岡崎)はストーカーように彼女の後をつけ回し、ふとしたことをきっかけに知り合いになる。一方、幼い頃に施設に預けられ、8年前から佐賀県嬉野で叔母の芙美子(黒沢あすか)と暮らす高校3年生の杏奈(倉島)は、自分宛の手紙を勝手に読んだ叔母に不信感を募らせ、支援センターの広告をきっかけに、身元もわからない菜穂子からの電話に悩みを打ち明け始める。バラバラだった異母姉妹が徐々に繋がりを持ち始める中、3人は運命に導かれるように嬉野の地に引き寄せられる…。

●響子の良き理解者として寄り添うように演じた

――脚本を読まれて、異母三姉妹に会いたくなったとおっしゃっていましたが、その理由を教えていただけますか?

松井:今回は、響子役でオファーをいただいたので、彼女のことを中心に考えながら脚本を読み進めていったんですが、人と人との関わり方、気持ちの動き方がとても面白いというか、魅力的に感じました。それほど多くの言葉を交わすわけではないんですが、3姉妹がそれぞれ自分たちと近しいものを持ってることを感じ合いながら、少しずつ同じ場所に向かっていくところがとても素敵だったので、なんとなく「この3人に会ってみたい」という感情が生まれたんだと思います。

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――松井さんが演じた響子についてはいかがでしょう。とても難しい役どころだったと思いますが、どんな印象を持ちましたか?

松井:私には異母姉妹はいないし、大きな病気を患ったこともないし、まだ女優という仕事も続けてるし、何もかもが正反対。あまりにも自分と違い過ぎて、共感できるところがなかなか見つけられなかったんです。だから、逆に響子のことを分かったフリをするのはやめようと。響子に自分を近づけるのではなく、友達のように寄り添いながら、彼女の気持ちを少しでも理解して、それをお芝居として昇華することができたらと考えました。

――実際に響子を演じて、何か新たな気づき、発見などありましたか?

松井:演じている時は、響子が背負っている重い現実に対して寄り添う気持ちはありつつも、あまり大きく捉えないようにしました。いろんなことを一度呑み込んで、自分の中で整理をするために彼女は東京から福岡へ帰ってきたと思うし、それがこの映画のスタートにもなっているので、そんなに重く演じる必要はないかなと。響子として自然体で入っていくのが正解なのかなと思いました。ただ、物語が進む中で、菜穂子や杏奈が自分の妹だったとわかってきた時は、拒否反応だったり、やるせなさだったり、予想もしなかった強い負荷が響子の心にのしかかっていることは、演じている時も、完成作品を観た時も、凄く感じました。

©Saga Saga Film Partners

――佐賀弁が松井さんに沁み込んでいるというか、驚くほど自然でしたね。だから、響子の気持ちが滞ることなく伝わってきました。

松井:ありがとうございます。私は愛知県豊橋市の出身で、三河弁という方言があるんですが、佐賀弁とイントネーションが結構似ていて、すぐに馴染めたんですね。だから、佐賀弁をしゃべっている感覚があまりなくて、それが自然なお芝居に繋がったんだと思います。

●岡崎(紗絵)さんの“圧”が自然な感情を引き出してくれた

――夏都監督とのコラボレーションはいかがだったでしょう。女性ならではの細やかな心理描写もあったと思いますが。

松井:夏都監督ご自身が見てきたこと、経験してきたことも、少なからず作品に落とし込まれていると思います。女性だからこそ巻き込まれてしまう出来事も描かれているんですが、最終的には、男女関係なく、人間同士の繋がりが葉脈のように広がり、バラバラだった3人が、同じ方向を向いて佇んでいる姿がとても力強く映像に刻まれていたのを観て、夏都監督は心の中にしっかりと芯を持っている方なんだなと感じました。ただ、ご自身で脚本を書いているはずなのに、「響子と菜穂子の気持ちがわからない」とか言い出すこともあって(笑)。そのギャップが可愛らしいなと思いました。

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――書いた本人がわからないと、路頭に迷ってしまいますよね(笑)

松井:例えば、響子と菜穂子が佐賀の家で、ちょっとぶつかり合う場面があるんですが、本番を撮るギリギリまで、「このシーン、私もどういう感情なのかわからない」って夏都監督が言い出して、岡崎さんと二人で、「え?わからないって、どういうこと?」みたいになって(笑)。とりあえずやりながら模索していったんですが、途中、夏都監督の中で何か見えてきたものがあったようで、その瞬間から人が変わったように強いリーダーシップを発揮して、無事撮り終えることができました。

――響子と菜穂子の感情のせめぎ合いが凄かったですね。緊張感もあってとても印象深いシーンでした。

松井:お互いに葛藤をわかってほしい、でも簡単には受け入れられない。だからこそ、杏奈というもう1人の妹の話をそこに持ち込む意地悪な響子…という複雑な関係性を撮りたいということになり、リハーサルした時は、「杏奈ちゃんという妹がいるの」というセリフを割と柔らかく諭すような言い方で表現していたんですが、本番の時、岡崎さんのエネルギーが強すぎて拒絶する気持ちが出てきてしまって。それを感じた夏都監督から、「一回強くやってみたら?」と言われてやってみたら、「そっちのほうがいい」ということになって、結構シーンの印象がガラッと変わったんですよね。

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――「一緒に作っていこう」という意味で、夏都監督とはとてもいい関係性が築けてますよね。

松井:確かにディスカッションの多い現場でしたね。私たちも意見を出しやすかったし、夏都監督もそれを受けて、自分の思ってることをはっきり伝えてくださるので、凄くやりがいのある現場でした。全体的に引きの画が多く、アドリブも含めて役者に委ねてくれる部分がたくさんあったので、生っぽい雰囲気がとてもよく出ていたと思います。

――本作に出演したことで、家族や血の繋がりについて改めて考えたりしましたか?

松井:それぞれ寂しさの中にいた3人が惹かれ合い、同じ方向を向いて寄り添っていく姿は素敵だなと思いました。ただ、私自身は、あまり血縁のこととか考えないようにしていて、家族であっても、血の繋がりがあっても、人は人。わかってもらうためには言葉を使わなければいけないし、家族だから何を言ってもいいわけではないと思うんです。人と人だからこそ礼儀ではないですが、ちゃんとした距離感を保たなければいけないとずっと思ってるので、その考えをこの作品に持ち込むと、たぶん理解できないことが多くなるだろうなと思いました。だから、ファミリーツリーという大きなものの中で、同じ葉脈のしおりを持った3人が惹かれ合うことが、どこか神秘的で素敵なところだなという認識でこの作品と向き合っていたので、私自身の家族観みたいなものとは切り離していますね。

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●私にとってポリシーは演技の足かせになるだけ

――朝ドラや大河にも出演され、映画やテレビドラマでも主演として活躍されています。ここ最近は、特に静かにこう内面と向き合う役が多い感じもしますが、松井さんの役者としての現在地を教えていただけますか?

松井:迷子というわけではないんですが、自分が追い求めている場所、そして応援して下さる皆さんが望む場所にはまだまだ到達できていないと思います。だから、今はその場所に到達するために、一つ一つの作品と真摯に向き合いながら、オファーをいただいた役に最大限の力を注いで表現することだけを考えています。

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――現場によってテーマも撮影環境も違いますが、役者として、「これだけはしっかりと持っていたい」という“核”みたいなものはありますか?

松井:それはないですね。持っていても打ち砕かれるだけなので。監督によって考え方も違いますし、お芝居のアプローチの仕方も、画の撮り方も、現場の空気も全然違うので、自分のポリシーみたいなものを強く持ってしまうと、逆にそれが足かせになってしまうと思うんです。仕事と向き合う“芯の強さ”は大切だと思うんですが、現場では、ある程度、柔軟に、臨機応変に対応することのほうが大切かなと。自分の軸になるものよりも、その場所にいち早くなじむこと、現場の空気に入り込むこと、そして監督の意図をしっかり汲み取って表現することが自分にとっては最優先にすべきことかなと思います。

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――ご自身の中で疑問に思ったこと、理解できないことが出てきた時はどうされるのですか?

松井:その場合は相談しますね。ただそれは、作品を一緒に作ってるチームの一員として、「私はこう思うんですが」という伝え方をします。昔はなかなか言えなかったんですが、こうして主演をまかせていただけるようになったりすると、やはり作品に対しての責任の度合いが変わりますからね。できるだけ多くの人に作品を観ていただくためにはどうしたらいいのか、監督が表現したいことを伝えるためにはどう表現すればいいのか…。役が大きくなればなるほどプレッシャーもかかりますし、背負う気持ちも自然と強くなってくるので、作品のためになることなら、そこは勇気を出してはっきりと伝えるべきだなと思います。

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――最後に、松井さんが描く理想の役者像を教えてください。

松井:理想は、「松井玲奈が出ているんだったら観てみたい」「松井玲奈が出ている作品って面白そうだな」と、たくさんの方に言ってもらえる役者になりたいですね。その作品に触れる“きっかけ”になれることが一番の喜びなので。『緑のざわめき』では一番上の悩める姉を演じていますが、岡崎さん、倉島さんと一緒にとても愛おしい異母3姉妹を作り上げたので、ぜひ劇場に会いに来ていただけたら嬉しいです。

取材・文:坂田正樹、写真:高野広美、スタイリスト:鼻先さや(DRAGONFRUIT)、ヘアメイク:藤原玲子

松井玲奈/プロフィール:1991年7月27日生まれ。愛知県出身。2008年デビュー。主な出演作は、『よだかの片想い』(安川有果監督)、『幕が下りたら会いましょう』(前田聖来監督)、NHK連続テレビ小説「まんぷく」、「エール」、NHK大河ドラマ「どうする家康」、舞台『ミナト町純情オセロ ~月がとっても慕情篇~』(いのうえひでのり演出)等。放送中のテレビ東京系「やわ男とカタ子」ではヒロインを演じる。

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<Staff & Cast> 出演:松井玲奈、岡崎紗絵、倉島颯良、草川直弥(ONE N’ ONLY)、川添野愛、松林うらら、林裕太、カトウシンスケ、黒沢あすか監督・脚本:夏都愛未プロデューサー:杉山晴香、江守徹撮影:村松良/照明:加藤大輝/音楽:渡辺雄司配給:S・D・P/製作:「緑のざわめき」製作委員会2023年/日本/カラー/4:3/Stereo/115分/文化庁「ARTS for the future!2」補助対象事業  公式サイト:midorinozawameki.com

映画『緑のざわめき』は9月1日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

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