若手映画作家の登竜門「田辺・弁慶映画祭」(グランプリ/観客賞/フィルミネーション賞/俳優賞スペシャルメンション)、「TAMA NEW WAVE」(グランプリ/ベスト男優賞)で6冠を達成した話題作『はこぶね』が8月4日(金)よりテアトル新宿を皮切りに劇場公開される。視力を失った青年の生き方と、視覚に頼らない世界の在り方をリアルかつ自然体で描いた新鋭・大西 諒監督に、本作に込めた熱い思いとともに、物語から予定調和を排した“脱・パズル感”について話を聞いた。
<Story> 事故で視力を失った西村芳則(木村 知貴)は、小さな港町で、伯母(内田 春菊)に時おり面倒を見てもらいながら生活している。そんなある日、かつて同じ通りの家から一緒に通学していた同級生の大畑(高見 こころ)と偶然再会する。東京で役者をしながら、理想と現実の狭間で憂鬱なときを過ごしていた彼女は、母の病気の見舞いで一時帰省していたのだ。窮屈で、美しい、この町を眺める二人は、その景色にそれぞれの記憶と想像を重ねる。
●俳優・木村知貴との出会いが全てを変えた
――田辺・弁慶映画祭、TAMA NEW WAVEでグランプリほか6冠を達成するなど、本作は高い評価を獲得しました。劇場公開も間近に控えた今の率直な気持ちを教えてください。
大西監督:最初は、誰かに観てもらいたいとか、評価してもらいたいとか、そういうものは一切なくて、あくまでパーソナルな物語として映像化することができればそれでいい、という思いしかなかったので、正直、こんなことになって驚いています。
――本作の主演を務める木村 知貴さんの影響がかなり大きかったとお聞きしています。
大西監督:もともと短編として制作する予定で、こんな大風呂敷を広げるつもりもなかったのですが、木村さんから、「長編作品としてコンペティションに出して、より多くの人に観てもらうことが大事なんだ」と言われて。気づいたらとんでもないことになっていました(笑)
――木村さんとは以前から接点があったのですか?
大西監督:全くありません。今回、短編用に書いた脚本をインターネットにアップしてオーディションの募集をかけたんですが、それを読んだ木村さんが自ら受けに来られて。もちろん木村さんのことは一方的に知っていたのでびっくりしました。
――なるほど、木村さんご自身も脚本に何かを感じたんですね。まさに運命の出会いというか…
大西監督:本当にそうですね。普通に短編を作って終わりだったものをここまで導いてくれたのは、まぎれもなく木村さんです。「人に観てもらうようにするべきだ」「これは世に出るべきだ」と背中を押してくれたのも木村さんですし、キャストにおいても、ほとんどはオーディションで決めたんですが、高見 こころさんや外波山 文明さんなど、実績のある俳優さんを紹介してくださったのも木村さん。ごくパーソナルにやっていたものがたくさん賞をいただける作品にまで押し上げていただき、劇場公開までされることになった…。全て木村さんの狙い通りになりましたよね。改めて凄い方だなと思います。
――内田 春菊さんも木村さんのご紹介だったんですか?
大西監督:内田さんに関しては、僕から「ぜひお願いします」とご連絡させていただきました。ほとんど感覚的なものなんですが、ズバッと物申すところとか、人生経験の裏側にいろんなものが見えるところとか…内田さんなら、西村(木村)を世話する伯母役を説得力あるキャラクターにしてくれるんじゃないかと。内田さんご自身も脚本をとても気に入ってくださって、気合いを入れて撮影に臨んでいただいたので、期待以上の存在感を発揮していただきました。
●人生に行き詰った先に“映画”という光があった
――そもそも映画監督になるつもりは全くなかったそうですね。IT企業から映画配給の仕事に転職しようと思って映画美学校のワークショップに参加されて、そこで映像に目覚めたとか?
大西監督:自分で映画を作るなんて1ミリも思っていませんでした。ヒップホップが好きなので、バンド活動とかはやっていたんですが、映画は季節ごとに1~2本観る程度だったので、純粋に転職目的でワークショップに参加しました。
――それが映画配給だったと。
大西監督:IT企業の営業職を10年間やってきて、ちょっと“やり切った感”が自分の中にあったので、これまで培ってきたスキルを活かして何かできないかなと思っていた時に、もともとカルチャー全般が好きだったので、「映画配給はどうだろう」とふと思ったんですね。それでとりあえずワークショップに参加してみたんですが、全然しっくりこなくて、「これだったら今のままでいいかな」とその時は思ったんですが、制作側のワークショップもやっていたので、せっかくだから「そっちも一度受けてみるか」となんとなく行ってみたら、それがめちゃめちゃ面白かったんです。
――なるほど。やりたいことが明確にあったのではなくて、状況に行き詰まっていて、何かを探していたら、偶然出会ってしまった…という感じですね。
大西監督:そうなんです。映画配給をやってみたかったというよりも、何でもいいから別のことにチャレンジしてみたかった、という気持ちがどこかにあったんですね。
――そこから長編映画、しかも劇場公開作を作ることになるって凄いことですよね。
大西監督:本作のスタッフは全て映画美学校の監督コースの同級生たちだったんですが、みんな凄く気合いが入っていて。僕自身は、「何か新しいことにチャレンジしよう」くらいの感覚なので、別に映画監督としてメシを食っていくみたいな気持ちは全然なかったんですが、彼らに引っ張られた感じですね。「本気で何かを作るって、こんなに楽しいことなんだ」ということを気づかせてくれました。
――キネマの神様に呼ばれた感じですね(笑)。それにしても、チャレンジ精神旺盛だったり、ヒップホップ好きだったり、外見もノリのよさそうな感じで、大西監督の印象って“陽”なんですよね。だから、本作のようなじっくり人間を描いたドラマは意外な感じがしました。どちらかというと、『カメラを止めるな!』みたいなエンタメ作品を作りそう雰囲気があります。
大西監督:なるほど、言われてみればそうですね(笑)。もちろんエンタメ作品も好きですが、僕自身は、人に対する興味がもともと強くて、自分が興味を持った人に対して、「この人はどんな人なんだろう?」とか、「何を考えてるんだろう?」とか、人物を深掘りしていくのが好きなんです。だから、何か描こうと思った時に、自然と人間ドラマになるのかなと。過去、3本短編映画を撮っていますが、いずれもそういう傾向がありましたね。
●美学者・伊藤亜紗氏の著書をヒントに脚本化
――本作は、視力をなくした西村という男性の生きざまを煽ることもなく、抑えることもなく、あるがままに描いているところが印象的ですが、彼を主人公にしようと思ったきっかけは何だったのでしょう。モデルになった方がいらっしゃるのですか?
大西監督:視覚障がいや吃音、失語症など、インプット、アウトプットの仕方に特徴がある方を対象に、「人の体が何を感じてどう動いているのか」をインタビューしてまとめていらっしゃる美学者の伊藤亜紗さん(東京工業大学教授)が書かれた本を読んでから、特にインプット(=情報を取る)のところに凄く興味を持ったのがきっかけですね。人の体の感覚って面白いなと思いました。
――セリフがとても新鮮でした。西村と大畑との会話もそうなんですが、全体的にそれぞれがそれぞれの立場で好き勝手なことを言ったり、行動を起こしたり、テレビドラマでよく観る予定調和のような過度な思いやりがないというか、ちょっとズレてはいるんですが、みんな自然な心でなんとなく支え合っている。それが見ているうちに心地よくなってくるんですよね。
大西監督:役者さんがあまりかみ合っていない、というご意見は何回かいただいているんですね。お芝居のグルーヴがそれぞれ違うというか、バラバラだと。それが僕にとってはめちゃくちゃ嬉しくて。みんなが同じグルーヴで動いている映画ももちろんいいですし、そのよさもあると思うんですが、この作品では、そういうパズルみたいにカチッとかみ合う感じにはしたくなかったんです。同じ町に住んでいても別々の方向に向いて生きてしかるべきというか、思いもよらなかった人から影響を受けることもあるだろうし、主人公の二人が絡んでも何も起こらず終わることだってあるだろうし、そっちの方がはるかにリアルだし、僕が描きたかったことに近いなと思ったんです。
――パズル感は確かにありませんでしたね。どちらかというとギクシャクしていた感じです。
大西監督:当時、知っている俳優さんが一人もおらず、みなさん「はじめまして」の状態だったので、ある意味、自然とかみ合わない感じが出ている部分もあるかもしれません。やはり同じ座組で固まってくると、ベクトルが似てくると思うんですが、今回は初顔合わせのような感じだったので、グループラインとか作っても、みなさん、あまり交わらないんですね(笑)でも、結果的にそれがよかったのだと思います。
――とくにこだわったシーンはありましたか?個人的には、大畑が久々に再会した西村に対して、視覚を失っているのに、同情的な言葉は一切なく、「お元気ですか?」「きれいですね、この町」と、自然に投げかけるところがいろんな意味で印象に残りました。
大西監督:大畑は、当たり前じゃない状態の西村と会話をする唯一の人なので、そこは僕もめちゃくちゃ気にはなりましたね。視覚障がいを持っていたら元気じゃないのかっていったらそんなわけないし、景色が観えないのかっていうとそうでもないし、実際に観た記憶や想像力もある。そこに関しては、伊藤さんの本に影響されている部分はあると思いますね。
――西村の落胆しているわけでもなく、達観しているわけでもなく、大畑さんの言葉を自然体で受け止めている姿…改めて、木村さんって素晴らしい役者だなと思いました。
大西監督:オーディションさせていただいた時から、西村のベースはもう出来上がっていました。だから、大畑を演じた高見さんをはじめ、みなさんやりやすそうでしたね。話し方や目の感じ、体の動きなど、西村という人物が実在しているというか…。もうこの作品の“幹”になる感じが明らかにありましたね。もちろん、木村さんと二人で生活支援の施設の方にお話を聞きに行ったりもしましたが、別に視覚障がいの方の代表として描くわけではないので、あまり影響され過ぎない程度に参考にはさせていただきました。
●「過去じゃない、今を生きているんだ」という思い
――長編第一作ということで、本作に対して思い入れもあると思いますが、大西監督なりの言葉で最後に締めの言葉、いただいてもよろしいでしょうか?
大西監督:みなさんもそうかもしれませんが、僕自身、凄く過去に囚われているなって思う時があるんですね。過去の経験をベースに未来を予測し、「また悪いことが起きるんじゃないかな」とか考えがちですが、「本当にそうなんですか?」と。昔、悪いことがあったら、この先もそうなるんじゃないかとか、傍から見ていると滑稽なんですよね。過去と未来は関係ないことが多いというか。目が見えなくなったからといって楽しみがなくなったわけではないし、そうなったらなったで、いいこと、楽しいこと、気持ちいいことがあるわけで…。本作を作り終えて完成作品を観た時に、「僕って人間は、ずっとそこを気にしているな」って思いました。これまで仕事をしてきて、辛いこともたくさんありましたが、それは昔のことで、今、この瞬間を生きている自分にとっては「関係がないんだ」っていうことが、もしかすると、この映画のベースになっているかもしれませんね。
この作品に対して、瀬々敬久監督がこんなコメントを残している。「木村知貴の目が良い。拒絶でもなく容認でもなく赦しでもなく、ただ存在している。今を生きるということを徹底的に描いた映画だ。それだけで尊い映画だ」と。人生にはいくつもの分岐点がある。それはまるで、“終わり”と“始まり”という波が寄せては返す海のようだ。景色が変われば、また違う夢を見ればいい…映画『はこぶね』には、そんな人生の緩やかな進め方が込められているような気がした。(取材・文・写真:坂田正樹)
大西 諒/監督・脚本・編集
<Staff&Cast> 出演:木村 知貴、高見 こころ、内田 春菊、外波山 文明、五十嵐 美紀、愛田 天麻 、森 海斗、範多 美樹、高橋 信二朗、谷口 侑人/監督・脚本・編集:大西 諒/撮影・音楽:寺西 凉/録音:三村 一馬/照明 :石塚 大樹/演出・制作:梅澤 舞佳、稲生 遼/美術 :玉井 裕美/ヘアメイク:くつみ 綾音/題字:道田 里羽/宣伝企画:川口 瞬、山中美友紀/宣伝イラスト:野本 修平/宣伝美術:鈴木 大輔/2022年 | 99分 |日本 |シネマスコープ |宣伝・配給:空架 -soraca- film