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OCT 31, 2022 イベント

<第35回東京国際映画祭>黒沢清監督、文化庁映画週間シンポジウムでホラー映画の理想形を語る「怖さと美しさの両立が夢」

左から篠崎誠監督、黒沢清監督、ホセ=ルイス・セバスチャン・レボルディノス

第35回東京国際映画祭5日目となる28日(金)、第19回文化庁映画週間シンポジウム『恐怖映画の美しき世界』が開催され、黒沢清監督と立教大学の後輩でもある篠崎誠監督(『怪談新耳袋 怪奇』『東京島』ほか)が登壇。スペシャルゲストとして日本映画に精通するサンセバスチャン国際映画祭ディレクター・ゼネラルのホセ=ルイス・セバスチャン・レボルディノスも駆けつけ、ホラー映画、特にJホラーの変遷について熱いトークを繰り広げた。また、この日は、1992年に黒沢監督が手がけたバイオレンスホラー『地獄の警備員』デジタルリマスター版が日本映画クラシックス部門で上映された。

進行役を務める篠崎監督のもと、黒沢監督の足跡(そくせき)と恐怖映画の歴史を重ね合わせながら、クロストークを繰り広げる中、話題は「Jホラーはいつ生まれたのか」というルーツ論へ。「これ、本人から聞いたんですが(笑)、そもそも“ホラー”という言葉を最初に使ったのは手塚眞らしいんですよ」と黒沢監督が口火を切る。ちなみに篠崎監督の補足によると、「1981年、当時、手塚さんが出演していた『お茶の子博士のホラーシアター』(テレビ東京/『もんもんドラエティ』内のコーナー企画)という番組で生まれたらしい」ということだ。

その“ホラー”という言葉が日本で使われるようになった80年代初頭は、「今のJホラーとは程遠く、特殊メイクを使って、怪物が襲ってきたり、殺人鬼が襲ってきたり、妖怪的な造形物が登場したり、日本でもいろいろ模索していた時期」だったと回想する黒沢監督。「特にブームにもならなかったけれど、塚本晋也監督の『鉄男』(1989)だけは世界的に注目を集めた」と記憶を辿る。

そんな中、時を同じくして1980年代の終わりに1本のオリジナルビデオ作品が誕生した。石井てるよし監督の『邪願霊』(1988)というタイトルで、モキュメンタリーの走りのような作品だ。「おそらく、これがJホラーの始まり」と篠崎監督は推測するが、1990年代に突入すると、これもビデオ映画作品だが、鶴田法男監督が『ほんとにあった怖い話』(1991)を発表し、追い打ちをかける。同じ頃、篠崎監督をはじめ、高橋洋、塩田明彦、故・青山真治氏らが黒沢監督の家に集まり、“企画会議”と称して、観てきた映画の批評をしていたというが、そんな中、『ほんとにあった怖い話』を観た黒沢監督は大きな衝撃を受けたという。

「確か『地獄の警備員』を撮り終えたあとに観たと思いますが、それはもう衝撃的でした。あの頃は、みんなで集まって、『何が襲ってきたら怖いか?』という話をよくしていたんですが、凶暴化した人間が襲ってきたら怖いとか、人間じゃなく機械が襲ってきたら怖いとか…そんな話し合いの中から『地獄の警備員』も生まれたと思うんですが、『ほんとにあった怖い話~第二夜』の中に『霊がうごめく夜』という傑作があって、それを観たら、何も襲ってこないんです…つまり襲ってこない怖さ。僕らがあれだけ四苦八苦してアイデアを出し合っていたあの時間は一体何だったんだ?と思うくらい衝撃的でしたね」

そして、その根源にある作品は、「間違いなくジャック・クレイトン監督のイギリス製ホラー『回転』(1961)」と言い切る黒沢監督。「この映画は昔観ていて、ものすごく怖かったんですが、これを日本映画に採り入れて作る、という考えは僕にはなかった。この映画のように、ただそこにいるだけで怖い、襲ってこないからこそ怖い、というやり方を、イギリスのお屋敷でなく、何でもない日本の普通のアパートの中でやれるわけがないと思っていたんですが、鶴田監督は見事に表現した」と述懐。そして、「僕自身もここから恐怖映画に対して考え方を少し変えなければならないと思った」と自らの変革点として位置づけた。

また、Q&Aコーナーでは、客席からテーマにもなっている「ホラー映画における美しい描写」についての質問が飛び、「ご自身が作るホラー映画の中で“美しさ”はどのくらいのポイントを置いているのか」という問いに対して、黒沢監督は、「ホラー映画を撮る時に一番悩むところ」と吐露。「というのも、もともと僕はヨーロッパの怪奇映画が好きで、憧れの俳優であるクリストファー・リーの『白い肌に狂う鞭』(1963/伊仏合作)や『吸血鬼ドラキュラ』(1957/イギリス映画)なんかは本当に美しく、『これを日本でやるにはどうすればいいのか…』をつねに試行錯誤していたのですが、突如、美しさを封印したJホラーが出てきたわけです。これがめちゃくちゃ怖くて、『恐怖と美しさは相反するものなのか?』と。ただ、いずれ両立できる日が来ると信じているので、望みは捨てていません」と最後は力強く締めくくった。

左から岡田秀則、大島依提亜、葛西健一

この日は、映画ポスターを数多く手掛けるデザイナーの大島依堤亜(『ミッドサマー』などのA24製作作品ほか)、葛西健一(『犬鳴村』などの村シリーズほか)、ファシリテーターの岡田秀則(国立映画アーカイブ主任研究員・展覧会担当)によるシンポジウムも開催され、宣伝の一翼を担うアートワークの舞台裏を熱く語った。

(取材・文・写真:坂田正樹)

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