第76回カンヌ国際映画祭ACID部門正式出品作品に選出された映画『逃げきれた夢』の完成披露試写会が文京シビックホール・小ホール(東京・文京区)にて開催され、主演の光石研をはじめ、吉本実憂、工藤遥、坂井真紀、松重豊、二ノ宮隆太郎監督が上映前の舞台挨拶に登壇した。
キャスト、監督が一堂に会したこの日の舞台挨拶。二ノ宮監督は光石研演じる主人公のモデルでもあるという自身の父親のジャケットを着用して登場した。光石は緊張した面持ちで佇む二ノ宮監督に「最初に見た時は、仮出所かと思いました…(笑)」と声をかけ笑いを誘った。地元・北九州での撮影について、光石は「とにかく恥ずかしかったです。子どもの頃、自分が遊んでた場所で何かに扮して芝居するというのは…」と照れくさそうに明かした。また、映画に登場する主人公の父を演じるのは、なんと光石の実の父親ということも明らかに。まさかの実父との共演について「もう、恥ずかしさの極みでした。スタッフに迷惑かけるんじゃないかとヒヤヒヤしていました…」と述懐。その意図について、二ノ宮監督は「光石さんのお父さん役で、本物のお父さんを超える方は絶対にいないと思うので」と説明した。
光石と同じく北九州出身の吉本実憂は、800名ものオーディションを勝ち抜いて本作への出演を果たしたが、「北九州で作品をつくるのがひとつの夢だったので、それをかなえられて、こうして無事に完成披露試写会を行なえて幸せに思います」と喜びを口にする。映画の中で、光石演じる主人公・末永は定年を前に、これまで交流をおろそかにしてきた娘や妻と関係を築き直そうとするも、不審がられ、気持ち悪がられる…。
娘役を演じた工藤遥は、劇中の父と娘の関係について「別に嫌いなわけでもなく、興味がないみたいな関係性」と指摘し、普段の自身は父親との接し方は劇中のようではなく「自分に興味を持ってくれるのは嬉しいです」と断りつつ「自分の父が見て、どう思うか心配になりました(苦笑)」と明かす。一方、妻を演じた坂井真紀は「ああいう夫婦間のどうにもならない感じ、わかります」と理解を示し、さらに「また光石さんが、絶妙にイラつかせる表情をしてくださるんですよ(笑)。すごくイライラしました」と語り、会場は笑いに包まれていた。
光石とは30代の頃から共演している福岡市出身の松重豊は「光石さんは常にその世代の俳優のベンチマークというか、リアリティという点で光石さんにかなう人はいないと思っています。60代の生々しいリアリティを投影したこの作品で、僕は横にいられて本当に幸せでした!」と光石を大絶賛! 一方の光石も「松重さんとのお芝居で、2人で読み合わせをしたり、どうするか相談したりしたことはないんですけど、こちらがパスをするとうまくトラップして、蹴りやすいところにボールを置いてくださるような感覚が常にあって、阿吽の呼吸でやらせていただけるんです」と語り、2人の深い絆をうかがわせた。
定年を迎えた主人公の人生のターニングポイントを描く本作にちなんで、登壇陣それぞれの人生のターニングポイントを尋ねると、光石は「僕は16歳で『博多っ子純情』という作品でデビューしましたが、その一歩がなければ、この世界にいませんでしたし役者やってなかった」とふり返る。この日の会場には、同作で光石と共にメインキャストを務めた盟友2人も足を運んでおり、光石が客席に座る2人を紹介すると、会場は温かい拍手に包まれた。一方、松重は「僕も15~16歳の時、博多で大々的に映画のオーディションがあったんですよ。『博多っ子純情』という映画で(笑)。新聞広告で『主役の男の子が決まりました。北九州出身の光石研くんです』と書いてあって、その時に僕の人生が変わったんですよ。なんで北九州の人間が『博多っ子純情』の役をやるんだ! って。あそこで驚いたのが、ターニングポイントです」と博多出身のプライドをのぞかせ、会場は爆笑に包まれていた。
吉本は「私も16歳で北九州から東京に出てきたことが大きなターニングポイントです」と笑顔で語る。工藤は、昨年出演したドラマ「ロマンス暴風域」で風俗嬢役を演じたことに触れ「そこでお芝居への挑み方がガッツリ変わったなと思います。体当たりで、ここまでのお芝居は初めてでした」と明かす。一方、坂井は「11年前の出産」をターニングポイントに挙げ「そこまでわき目もふらずに生きてきましたが、子どもを授かったのをきっかけに、いろいろ変わりました」と語る。そして、二ノ宮監督は「いろいろ考えたんですけど、どう考えても(ターニングポイントは)いまかなと思います。大好きな方々とつくった映画をこうして見ていただけて、これで満足してダラダラ過ごすのか? またコツコツやるのか? ターニングポイントになる気がしています」と今後に向けた“決意”を口にする。
本作は開催中の第76回カンヌ国際映画祭のACID部門の正式出品作に約600作品の中から選出され、現地で上映される。光石も二ノ宮監督も上映に合わせて現地に飛ぶが、光石は「北九州の黒崎で撮った映画がカンヌの地で…北九州弁がカンヌで流れるのが快感です!」と痛快そうに語った。舞台挨拶の最後に光石は「どの世代の方が見ても、いろんな目線で見られる映画になっています。一人でも多くのみなさんに見ていただきたいと思いますので、どうぞ宣伝してやってください」と詰め掛けた観客に呼びかけ、会場は温かい拍手に包まれた。