空手を愛する最強高校生役で映画初主演を飾った『ハイキック・ガール!』から16年、さらに鍛錬を重ねた俳優の武田梨奈が、最新作『By 6 am 夜が明ける前に』で元特殊急襲部隊(通称:SAT)の最強ママ役に挑戦。「30代になってやりたかった役の一つが“戦う母”だった」と目を輝かせる武田に本作に込めた並々ならぬ思い、そして肉体を使って演じることの“意義”について話を聞いた。

<Introduction> 本作は、『風のたより』の向井宗敏監督のもと、武田演じる元SATの主婦・長瀬綾が劣悪な犯罪に立ち向かう本格アクション。綾と捜査を共にする咲良役を『少女は卒業しない』などの若手女優・丸本凛、半グレ組織のリーダーをNetflixドラマ「地面師たち」の駿河太郎、さらには萩原聖人、加藤雅也らのベテラン勢が脇を固め、片寄涼太(GENERATIONS)の初のソロアルバムにも収録されている「朝日のように、夢を見て」が主題歌となっている。
<Story> かつてSATの一員として最前線で任務を遂行していた⾧瀬綾(武田)。ある理由から辞職し、現在は夫と6歳の娘と幸せな生活を送っていた。そんなある日、元後輩の咲良(丸本)から失踪した弟の捜査を依頼される。すでにSATを引退している上に家族の時間を大切にしたい綾は返事に迷うのだが、娘が眠っている深夜から明け方までの間だけ協力することで承諾。さっそく捜索を開始するが、やがて失踪事件の背後にうごめく半グレ組織と壮絶な戦いを繰り広げることになる。

●戦うお母さん役に憧れていた
ーー向井監督とは『ハイキック・ガール!』の頃から親交があったそうですが、本作で初タッグを組むことになった経緯を教えていただけますか?
武田:実は『ハイキック・ガール!』の直後、向井監督から、私を主演に「アクション映画を撮りたい」というお声がけをいただき、1年半ほど役づくりに励んでいたのですが、クランクイン直前、さまざまな事情によって中止になってしまったんです。やるせない気持ちを抱えながらも、向井監督とは連絡を取り続けていたんですが、同じく向井監督と親交のある萩原(聖人)さんと共演する機会があって、「だったら、三人で食事に行きませんか?」というご提案をいただき、久々に再会することになったんです。それだけでも嬉しかったんですが、向井監督から、「実は今、構想を練っている企画があって、梨奈ちゃんに主演をやっていただきたい。そして、萩原さんにもぜひ出演していただきたい」と言われ、そこから急速にお話が進みました。
――『ハイキック・ガール!』から16年、まさに少女から大人の女性へ一番変わる時ですよね。向井監督は武田さんに対してどんな印象を持っていたのでしょう。
武田:当時、私は高校生で、制服を着たまま撮影現場に行っていたので、まさか将来、主婦を演じるとは思ってもみませんでした。向井監督も作品を通して16年間、私の成長を見守ってくださっていたそうで、それも踏まえて、「武田梨奈とアクション映画を撮りたい」という夢を持ち続けてくれたんだと思います。私自身も“戦うお母さん”に憧れがあったので、「ぜひやりたいです!」と即答しました。
――強いお母さん、実際に演じてみていかがでしたか?
武田:“強さ”にもいろいろ種類があるので一概には言えませんが、私が目指す強さは、やはり根底に“優しさ”を持ちながら戦う人。今回は、自分のためではなく、誰かのために何かをしてあげたいと思う長瀬綾のキャラクターを大切にしながら、ただ強いだけじゃないお母さん像を作り上げることができたらと思って挑戦しました。

――優しいお母さんと戦うお母さん、このコントラストが上手に溶け合って“最強のお母さん”になっていましたね。
武田:ありがとうございます。俳優としても、また実生活でも、母親というものを経験したことがなかったので、少しプレッシャーはありましたが、タイトルにもあるように「早朝6時までにお母さんに戻らなければならない」という“朝の顔”と、半グレ組織と戦う“夜の顔”のコントラストがこの映画の面白さだと思っていたので、そこはかなり意識して大切に演じました。
●マ・ドンソクを参考に“重い”アクションを追求
――アクションシーンもただ魅せるためではなく、物語やキャラクターと連動しているように感じました。向井監督やアクション監督の遊木康剛さんとはどんな話し合いがなされたのでしょう。
武田:すでに現役(SAT)を引退し、主婦として何年も暮らしている設定だったので、キレのある華麗な強さより、怒りや悲しみ、家族愛などいろんな思いを背負いながら必死に戦うキャラクターにすることになりました。例えばマ・ドンソクさんのように、スピード感や派手さよりも、“重さ”を強く意識したアクションにしようと。リハーサルで私が格好つけて綺麗なパンチを出そうとしたら、向井監督が「梨奈ちゃん、それじゃない。もっと乱れているほうがいい」と指摘されたこともありました。本当は戦いたくないけれど、大切な人のために戦わなければならない綾の覚悟といいますか…ちょっと痛々しいけれど、一つ一つのパンチに思いがこもっていて、顔面がグチャッとなるような、そんな生々しい攻撃を心がけました。

―― 時には野菜で叩いたり、投げたりしていましたね。
武田:あれは主婦らしさが出るアクションシーンですね(笑)。シリアスな中にもちょっぴりユーモアを交えるという意図もありました。撮影してみて初めて実感したんですが、人参って思っている以上に硬くて、持ち方によっては効果的な武器になるんですよね。そういうところも観ていただけたら嬉しいです。
――アクション監督の遊木さんとは一緒にトレーニングする仲だそうですが、彼の存在も心強かったのでは?
武田:それこそ10代の頃からずっとお世話になっている先輩で、アクション練習もご一緒にさせていただくこともあったので安心感がありました。特に今回は、パンチや蹴りを相手にしっかりコンタクトすることをテーマに掲げ、どうやったら危険がないようにリアリティーを出せるか試行錯誤の日々だったので、とても心強かったです。例えば、顔面を殴るシーンでは、手にグリーンの布を巻き、その中に薄いクッションを入れて実際にコンタクトするんですが、遊木さんが自らテストしてくださったので、安全を確認しながら思い切りトライできたところはよかったと思います。

――XR(クロスリアリティー)技術やCG、VFXをふんだんに採り入れ、カット数の70%以上をバーチャルスタジオで撮影したそうですが、難しさ、やりづらさはなかったですか?
武田:本音を言えば、通常の撮影よりも大変な部分は多かったですね。例えばグリーンバックで撮影できる範囲が場所によって変わってくるので、その都度、アクションの動きも制限され、現場での細かい調整が必要となり、かなりの時間を要しました。ただ、その苦労の甲斐あって、実写だけでは捉えきれなかったカメラワークにも挑戦できましたし、表現の自由度もさらに増したのではないかと思います。例えば 、ガラスを打ち砕くようなシーンは、XRだからこそ実現できた迫力がありましたね。ロケとXRが見事に融合できた作品としても注目していただきたいです。
●人生を変えたサモ・ハン・キンポーの言葉
――武田さんは、10月からTVドラマ「ワカコ酒 Season9」(テレビ東京)もスタートし、バトルをしない作品でも活躍されていますが、アクションには並々ならぬ思いがあることも事実。一人の俳優として、改めて“アクション”という表現をどう捉えていらっしゃるのか教えていただけますか?
武田:アクション映画をジャンルものとして捉える向きは確かにありますが、個人的には、物語の延長線上にアクションがあるべきだと考えています。なぜこの人は戦わなければならないのか、なぜこの人はここで蹴りを出すのか。どんな映画でも、そういった感情的な背景を理解し、気持ちに沿って動くように意識しています。少し前までは、与えられたアクションシーンを完璧に覚えて、その動きを再現することに重点を置いていましたが、経験を積むにつれて、一つ一つの動きに意味を持たせ、無駄にしないことの大切さに気づいたんです。人間、喉が乾いたら水を飲もうとするし、くしゃみが出そうになった口に手を当てようとする…アクションは頭と心が繋がって、全身を通して表現するものだと思いますね。
――どなたか影響を受けた俳優さんはいらっしゃいますか?
武田:私は武器を持ったアクションをあまり練習に採り入れていなかったのですが、最近、「これではいけない」と思って、カリ(武器を使用したフィリピン発祥の武術)やガンアクションにも挑戦するようになりました。そのきっかけを作ってくれたのが、サモ・ハン・キンポーさんなんです。数年前にお食事する機会があって、「何か聞きたいことはありますか?」と声をかけていただいたので、「アクションをする上で大切にしていることは何ですか?」と問いかけると、躊躇なく彼は、「生きている行動の全てだよ」と答えてくれました。

「あなたの場合なら、得意な空手ばかりにとらわれず、苦手なことや普段やらないことにも挑戦してみると、今まで知らなかった動きや表情がいろんなことに繋がってくるよ」と。今回、主婦役だったので、料理や洗い物など家事全般を自ら進んでやるようにし、全く縁のなかった編み物にも挑戦してみたんですが、そういうものに日頃から触れていると、自然に出るふとした仕草が演技に活きていたりするんですよね。本作ではそういうところも観ていただきたいのですが、サモ・ハン・キンポーさんからいただいた「生きている行動全て」という教えをこれからも大切にしていこうと思っています。
――アンジェリーナ・ジョリーやシャーリーズ・セロン、ミシェル・ヨー、アナ・デ・アルマスなど演技もトップクラスの俳優がアクションでも素晴らしいパフォーマンスで観客を魅了しています。武田さんが抱くこれからの夢を教えてください。
武田:今34歳なんですが、「これからどんどん体が動かなくなるよ」とか、「アクションには寿命があるからね」みたいなことをたまに言われることがあって。もちろん悪気ないと思うんですが、私自身は「決してそんなことはない」と思っています。年齢を重ねることで体の動きも、演じる役柄も変わってきますし、アンジェリーナ・ジョリーさんやシャーリーズ・セロンさんらが体現しているように、若い世代では表現できない魅力的なアクションシーンもたくさん目に焼き付けてきました。今の私は、『ハイキック・ガール!』の武田梨奈にはなれないけれど、長瀬綾というキャラクターは、当時の武田梨奈には絶対に演じられない。そういった意味では、年齢に縛られずに俳優業に邁進していきたいと思います。それこそ70歳になったら、“戦うおばあちゃん”を演じてみたいですね。
取材・文・写真:坂田正樹
<Staff & Cast> 出演:武田梨奈、駿河太郎、萩原聖人、辻千恵、平埜生成、丸本凛、加藤雅也/監督:向井宗敏/主題歌:片寄涼太(GENERATIONS) 「朝日のように、夢を見て」 (rhythm zone) /エグゼクティブ・プロデューサー :⾼⽊雅共/エグゼクティブ・映像ディレクター:⾼畠彰/配給:ギグリーボックス/2025年/カラー/77分

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