1989年にイギリス最高の文学賞であるブッカー賞、そして2017年にノーベル文学賞を受賞した世界的小説家 カズオ・イシグロの同名長編デビュー作を、『ある男』『愚行録』の名匠・石川慶監督が実写映画化した『遠い山なみの光』が9月5日(金)より劇場公開される。これに先駆け、原作者のイシグロが、撮影地となったイギリスで本作と戦争、そして自身が育った長崎について思いを語った。
<Introduction> ある女が語り始めたひと夏の記憶、その物語には心揺さぶる〈嘘〉が隠されていた…。本作は、1950 年代戦後復興期の長崎と 1980 年代イギリスを生きる 3 人の女たちの知られざる真実を描きながら、戦後80年の今を見つめる感動のヒューマンミステリー。このプロジェクトに魅せられ、『キャロル』などで知られるイギリスのプロダクションNumber 9 Filmsと、『ガール・ウィズ・ニードル』で第97回アカデミー賞®国際長編映画賞にノミネートされたポーランドのLava Filmsが製作に参加。3カ国合作となった本作は、第78回カンヌ映画祭のある視点部門に選出され、約5分のスタンディングオベーションの中、喝采を浴びた。

<Story> 日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母・悦子の半生を綴りたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める悦子。それは30年前、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。ただ、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた<嘘>に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く…。※長崎時代の悦子を広瀬すず、佐知子を二階堂ふみ、イギリス時代の悦子を吉田羊がそれぞれ熱演。ニキ役にはオーディションで選ばれたカミラ・アイコ、さらに長崎時代の悦子の夫に松下洸平、その父親に三浦友和が扮し、脇を固める。
●カズオ・イシグロ/スペシャルインタビュー
原作を書いてから40年が経ち、戦後80年となる年にこの作品が日本で公開されることについてイシグロは、「適切な時期だと思います。日本だけでなく世界的に節目となる年で、我々は世界が混乱に陥っていた時代があったことを思い出さなければならない。特に若い世代の人たち、戦争が終わって何年も経ってから生まれた日本の人々はそう。今の日本は豊かさだけでなく、安定性を持った偉大な自由民主主義国家のひとつです。欧米諸国が経験してきたような不安定さは経験していないかもしれない。そんな中、この映画はその平和な日常が当たり前のものではないことを思い出させてくれる」と力説。

さらに、「ほんの数世代前は違いました。当時の日本はとても暗い時代で、恐ろしい世界大戦も経験しました。だから今こそ思い出すべきで、こんな風にそれぞれの世代が、『私たちは幸運なのだ』ということを忘れないことが大切だと思う。同時にこの平和と民主主義を守り続けなくてはいけない。そんな思いもあって、この映画がこの節目を過ぎてからも、ずっと残っていくことを願っています。そして、何とかこの40年以上残ってきた僕が書いた原作のように、石川さんの映画も何十年も続いて、普遍的で時代を超えた作品として受け入れられると期待しています。なぜなら本作は最悪の状態からどのように人々が立ち直るかを描いているからです」と本作に込められている思いを吐露した。
また、本作は女性の物語であることに加えて自身が育った長崎の物語でもあるが、長崎がイシグロにとってどのような存在かについては、「私が子どもの頃、イギリスでは私が長崎出身と言うと大勢が一つのことを連想しました。原爆です。長崎は“死と破壊の街”だと思われていました。それを聞いてとても不思議でした。私にとって長崎は、希望と明るさの場所だったからです。当時の長崎の雰囲気は、人々が自信を高めていた時期で感嘆と驚きに包まれていたんです。あの頃は毎月のように見たこともない電化製品が登場していました。

新しい建物も建てられました。物事がよくなっていると感じていましたし、経済は上向きで人々も明るかった。もちろん長崎そのものもとても美しい街です。街は たくさんの海や山の景色にあふれて、その両方を楽しめました」と語り、「だから私が覚えている長崎のイメージは、太陽、海、広い空、そして山と木々の風景です。街は再生と前進の雰囲気に包まれていたんです。それは、イギリスの人々が抱く「破壊された街」という印象とはまったく異なるものです」と述懐。
原爆について深く考えるようになったのは、「もっと大人になってからのことだ」といい、「私にとって長崎は、皆が将来に対して希望を持つ街でした。多くの産業が回復して造船所も活気を取り戻し、全て復興していきました。父はアメリカで研究を行った後、イギリスでの生活を望んでいました。外に目を向ける時代でしたね。長崎は古くから『世界への架け橋』でその伝統は長い歴史に根ざしています。私にとって長崎は『近代への扉を開いていった街』です。現代の日本、そして世界への扉を」と故郷への思いを綴った。
最後に、これから本作をご覧になる方々へ向けて、「皆さんが石川慶さんのこの映画を観てくださると嬉しいです。私がこの小説を出版した時、彼はまだ小さな子どもでした。彼はこの美しい映画を日本の今の世代の人たちに向けてつくることを決めました。彼はこの物語に今の人々に響くものがあると信じているし、私もそう思っています。この作品を楽しんでください!」とアピール、インタビューを締めくくった。

<Staff & Cast> 原作:カズオ・イシグロ/小野寺健訳「遠い山なみの光」(ハヤカワ文庫)/監督・脚本・編集:石川慶/出演:広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊、カミラ・アイコ、柴田理恵、渡辺大知、鈴木碧桜、松下洸平、三浦友和/製作幹事:U-NEXT/制作プロダクション:分福、ザフール/共同制作:Number 9 Films、Lava Films/配給:ギャガ/助成:JLOX+ ⽂化庁 PFI /上映時間123分
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