堂本剛を主演に映画を撮りたい…長年抱いてきた夢が実り、彼のために書いたオリジナル脚本で、映画『まる』を完成させた荻上直子監督。なぜそこまで堂本に強く惹かれたのか、荻上監督にその真意を聞いた。
本作は、1997年に公開された『金田一少年の事件簿 上海魚人伝説』以来、堂本が27年ぶりに映画単独主演を果たした注目の最新作。 荻上監督と企画プロデューサーの山田雅子による約2年前からの熱烈オファーを受け、「自分が必要とされている役なら」と心を動 かされ、出演を決断したという。
堂本が演じるのは、美大卒だがアートで身を立てられず、 人気現代美術家のアシスタントをしている男・沢田。独立する気配もなければ、そんな気力さえも失って、言われたことを淡々とこなす毎日に慣れてしまっている。そんなある日、通勤途中に事故に遭い、腕の怪我が原因で職を失う。部屋に帰ると床には蟻が1匹。その蟻に導かれるように描いた ○(まる)を発端に、日常が○に浸食され始める…。
●華やかなのにツラそうなのはなぜ?
――昔から堂本剛さんに興味があったそうですが、彼のどんなところに惹かれたのでしょう?
荻上監督:歌でファンを魅了したり、トークで人を笑わせたり、華やかな芸能の世界でちゃんとエンタテインメントされているのに、私には「どこかツラそうな感じ」に見えたんですね。通常、テレビに出ている人たちって、もっと売れたいとか、もっと有名になりたいとか、もっと自分を見てほしいとか、そういう野心的な気持ちを持っていらっしゃる方がほとんどだと思うんですが、堂本さんには全く感じられなかった。そこにすごく興味が湧いて、「いつか彼を主演に映画を撮りたい」と思い始めたんです。
――27年ぶりの映画単独主演だそうですが、音楽活動を主に活動されていただけにオファーを出すのもドキドキだったのでは?
荻上監督:アプローチしてみたら、どうやら俳優業が「嫌いなわけではない」「興味がないというのは単なるウワサ」という話がプロデューサーから伝わってきたので、「すぐに脚本を書きます!」と。気が変わってしまったら困るので、もう急ピッチで書き上げました。私はあまりアテ書きをしないんですが、堂本さんの過去のいろんなインタビューを読み漁って、堂本さんにしか演じられない沢田という主人公を無我夢中で作り上げました。
――過去のインタビューでどんなことを語っていたんですか?やはり、荻上監督が感じた「ツラさ」を堂本さん自身も抱えていたんでしょうか。
荻上監督:子供のときは「子供なんだから黙って仕事をやりなさい」と言われ、大人になったら「大人なんだから黙って仕事をやりなさい」と言われ、理不尽なことがあっても「とにかく我慢して仕事をやりなさい」と言われ、もうどうしていいかわからない状態になって自分を見失っていたときに、音楽と出会って救われたんだと。音楽を夢中でやるうちに、本来の自分というものをなんとか取り戻すことができた…みたいなことをインタビューで語っていたので、「自分がわからなくなってしまう人の話」をとにかく書いてみようと。そこから物語を紡いでいきました。
――タイトル通り、『まる』をめぐって話が進んでいくので、愚問を承知でストレートにお聞きしますが、なぜ『まる』だったんですか?確かに×や△と違って〇ってなんとなくポジティブというか、平和的というか、解釈に広がりがあって肯定感も感じられますが。
荻上監督:物語と同じように、なんとなく、ですね(笑)。まず、堂本さんを主人公に据えて考えたときに、彼のクリエイティブなイメージから美術系のお仕事がいいのかなと。美大を出てアートの世界に入ったけれど、仕事もうまくいかず、ただ淡々と過ごす毎日。そんなときになんとなく部屋で描いた『まる』がとんでもないことになっていくわけですが、最初は本当に思いつきだったんです。ただ、後々調べていくと、『まる』にはいろんな意味があって、仏教的な関連付けもできますし、あの手塚治虫先生も小さいときから『まる』を描くのがお上手だったそうですが、晩年、「アイデアは浮かぶけれど、『まる』が上手く描けなくなってきた」とおっしゃっていたと。そこからだんだん面白いなと思うようになって、映画の軸になっていった感じですね。
――『まる』って簡単に描けますが、上手く描くのってすごく難しいですよね。だからこそ、深い感じがします。
荻上監督:確かに。主人公の沢田は、利き手の右手が怪我で使えなくなって職を失いますが、皮肉なことに、左手で無意識に描いた『まる』が注目を浴びるところが面白いですよね。そのあと、仕事でいい『まる』を描こうと思ってもなかなか上手く描けない…これって手塚先生のお話にも通じるのかなと思いました。
――映画で使われた『まる』は堂本さんが実際に描かれたものですよね?
荻上監督:そうです。1発勝負で描いてくださったんですが、すごくお上手なんですよね。観ているうちに本当に価値ある作品に思えてくるから不思議です。
――アート業界への風刺といいますか、素人にはわからない価値付けに対する「?」な思いも込められていたような気がしました。
荻上監督:アート業界の不思議さというか、それはちょっとありました。子供が描いたものが数千万円になったりもするわけですから、我々には理解できない世界ですよね。誰がどうやって価値を付けるのか…そこも気になるところではありました。
●思っていた以上に純粋で真摯だった
――念願叶って堂本さんと映画を作ることができたわけですが、実際に組んでみての印象はいかがでしたか?意外な一面、新たな発見などありましたでしょうか。
荻上監督:本当に役のことを真摯に考えてくださって、想像以上に純粋で真面目な方だなと思いました。 毎シーンごとに密に話し合う時間を設けて撮影に入るというのが堂本さんと作り上げたスタイルだったので、そこはスペシャルな感じがしましたね。ほかの俳優さんはそこまでじっくり話し合う感じではなかったので、私にとって、とても贅沢で貴重な時間でした。
――やはり、少しブランクがあったことも、ご本人をよりいっそう慎重にさせているところもあったんでしょうか。
荻上監督:どうなんでしょう、そこはちょっとわからないですが、ご本人がおっしゃっていたのは、今までやってきた役が、積極的に自分から進んで何かをするタイプが多かったそうで、それが今回、100%受け身のキャラクターということですごく難しかったと。
――え、本当ですか?どちらかというと、最近の堂本さんのイメージにハマる役だなと思いました。荻上監督の世界観ととても相性がいいなと。
荻上監督:私も受け身のイメージを持っていました。だから、アテ書きした沢田の役がしっくりくるのかなと。ただ、相性に関しては、特に堂本さんに合わせるとか、逆に堂本さんが合わせるとか、意識して調和させているところはないので私にはわからないですが、プロデューサーが言うには、「本人たちが『相性がいい』と思って作っていたら面白くないけれど、客観的に見て、『この二人は合うな』と思ったから後押しした」と。つまり、これもまた、無意識だからいい方向に働いたということなんでしょうね。
――共演者にも目を向けたいと思いますが、隣に住む売れない漫画家・横山を演じた綾野剛さん、沢田と同じアトリエで働く矢島を演じた吉岡里帆さんら、堂本さんを囲む俳優陣の熱演がいいフックになっていました。
荻上監督:キャスティングに関してはプロデューサーと相談しながら決めていったんですが、綾野さんはすごく面白かったですね。ご自身は、私から声がかかることはないと思っていたそうですが、今回、堂本さんが主演をやるということで、彼をリスペクトするあまり、「出演したい」と言っていただきました。なんというか、映画バカというか、役者バカというか、この映画がどうしたら面白くなるかをすごく考えてくれる方で、私はアドリブがあまり好きではないんですが、いろんなことをやってくるので、途中から楽しくなって、ついついOKしたシーンもありました。脚本では、横山はもっと嫌なやつだったんですが、すごくチャーミングになった感じがしましたね。
――綾野さんが堂本さんを俳優としてそこまでリスペクトしていたとは知りませんでした。
荻上監督:同世代の俳優仲間の間では、堂本さんって、お芝居がすごくできる人っていうことで、ちょっとした伝説にもなっていたそうですね。これはプロデューサーから聞いた話ですが、小栗旬さんが、「その才能を使わないんだったら本当に俺に分けて欲しい」と言ったそうです。綾野さんも同じような気持ちだったのかもしれません。
――吉岡さんに関してはいかがでしょう?かなり鼻息の荒い役でしたが。
荻上監督:吉岡さんは、昔、脚本家として参加した作品でご一緒したことがあって、それで存じ上げていたんですが、とても度胸があるし、役の捉え方も的確ですよね。彼女が、「この映画は、タイトルは『まる』だけれど、全然『まる』の中に納まっていない」と言っていたんですが、なるほど、言い得て妙だなと思いました。そういうところにも、頭のよさやセンスが表れるんですよね。
――なるほど、『まる』なのにそこに納まっていない映画…面白いですね。荻上監督なら映画『まる』をどのように表現しますか?最後にちょっと締めていただければ。
荻上監督:ムチャブリですね(笑)。うーん、そうですね…この映画を作りたいと思ったのは、自分を見失った人を描きながら、最終的には「なんの役にも立たない人間だっていいじゃないか」ということを伝えたかったから。映画なんてその最たるものですからね。いらなくてもずっとそこにあるものに思いを寄せる…あとは観客の皆さんがおのおの何かを感じとっていただければ。
(取材・文・写真:坂田正樹)
<Staff & Cast> 出演:堂本剛、綾野剛、吉岡里帆、森崎ウィン、戸塚純貴、おいでやす小田、濱田マリ、柄本明、早乙女太一、片桐はいり、吉田鋼太郎、小林聡美/監督・脚本:荻上直子/音楽:.ENDRECHERI. /堂本剛/エグゼクティブプロデューサー:豊島雅郎/企画・プロデューサー:山田雅子/制作プロデューサー:小池賢太郎、平石明弘/撮影:山本英夫/照明:小野晃/録音:清水雄一郎/美術:富田麻友美/ 装飾:羽場しおり/編集:普嶋信一 /スタイリスト:伊島れいか/衣裳:江口久美子/ヘアメイク:須田理恵/記録:天池芳美/音響効果:中村佳央 /助監督:東條政利/制作担当:安斎みき子/音楽プロデューサー:安井輝、十川ともじ/製作:アスミック・エース/配給:アスミック・エース/制作プロダクション:アスミック・エース、ジョーカーフィルムズ/まる (英題:MARU)/2024/日本/カラー/117分/ビスタ/5.1chサラウンド
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