「生まれ変わったら、今度こそ、一緒になろうね」…人生を共に歩めなかった男と女の切ない思いが、やがて来世と現世の狭間でさまよう魂となって漂い始める…。佐渡島の地で再び出会う男女の不思議な物語『わたくしどもは。』(5月31日(金)公開)を紡ぎ出すのは、長編映画デビュー作『ブルー・ウインド・ブローズ』で国際的評価を受けた気鋭の映画監督・富名哲也。主演を務めた小松菜奈と松田龍平のただならぬ神秘性に心奪われ、「二人の非現実的な佇まいを、純粋に画面に収めてみたかった」という富名監督に、本作に注いだ自身の思い、想像の源、さらには俳優という表現者の存在意義について話を聞いた。
<Introduction> プロデューサーで妻の畠中美奈と立ち上げたテツヤトミナフィルム(ちなみに“哲也富名フィルム”ではなく“哲也と美奈フィルム” のカタカナ表記である)で、国内外の国際映画祭を足がかりに独自の作家性を築いてきた富名監督。 第68 回ベルリン国際映画祭ジェネレーション・コンペティション部門に公式出品された前作『ブルー・ウインド・ブローズ』に続く本作は、佐渡島の金山跡地を舞台に、この地に眠る “無宿人の墓”からインスピレーションを得たオリジナルの物語だ。
ベネチア国際映画祭が実施している新鋭監督を支援するプロジェクト「ビエンナーレ・カレッジ・シネマ」「トーキョー・ギャップ・ファイナンシング・マーケット」「香港アジア・フィルム・ファイナンシング・フォーラム」などの映画祭企画マーケットを経て制作され、2023年、第36回東京国際映画祭コンペティション部門にセレクトされた。。
<Story> 名前も過去も覚えていない女(小松菜奈)が目を覚ます。 舞台は佐渡島。鉱山で清掃の仕事をするキイ(大竹しのぶ)は、施設内で倒れている彼女を発見し、家へ連れて帰る。キイと暮らす少女たちにミドリと名付けられた女は、キイの計らいで館⻑(田中泯)の許可をもらい、清掃の職を得る。ミドリは猫の気配に導かれ、構内で暮らす男アオ(松田龍平)と出会う。彼もまた、過去の記憶がないという。言葉を重ねながら、二人は何かに導かれるように、寺の山門で待ち合わせては時を過ごすようになる。そんなある日、アオとの親密さを漂わせるムラサキ(石橋静河)と遭遇したミドリは、心乱される…。
■富名哲也監督インタビュー
●きっかけは“無宿人の墓”という小さな看板
商業映画に決して媚びない独自の世界を貫く富名監督。「日本の映画業界のメインストリームが肌に合わず、おのずと離れていったら意外にも海外で高い評価を受け、賞をいただいたり、助成金を得られたり、いろんなサポートがあって、気づいたらここに辿り着いていた」と、その道のりを振り返る。何よりも自身の作家性を大切にする監督だけに、本作もジャンルにくくって簡潔に紹介できるほど柔(やわ)じゃない。逆にいえば、映画を観て、感じて、思い思いに解釈し咀嚼する、自由度の高い作品だ。
舞台は、佐渡島の金山跡地。かつて愛し合った男女の魂が来世と現世の狭間でさまようという物語、この発想はどのようにして生まれたものなのか。「前作の『ブルー・ウインド・ブローズ』も佐渡で撮ったのですが、金山はロケ地に入っていなかったので、せっかくだから撮影終了後に寄っていこうということになったんです。ところがその途中、“無宿人の墓”という小さな看板が目に入って、結局、そちらのほうに興味がそそられその日は、金山には行かなかったんです(笑)。当時、何かしらの理由で戸籍を奪われた無宿人たちが、内地から佐渡の鉱山に連れて来られ、過酷な労働を強いられたそうですが、『もしかして、成仏できない無宿人たちの魂が金山付近をさまよっているのでは?』とか思えてしまって」…。
富名監督は、これはぜひ映画にしたいと思ってあれこれ調べるうちに、佐渡に人形浄瑠璃が根づいていることを知る。近松門左衛門作『心中天の綱島』が大阪で上演された際、関西では男女の心中が流行したそうですが、佐渡でもその余波があったそうです。当時、心中は重罪で、後追いを防ぐために、時には死んだ者を野ざらしにして墓を作らせなかったとも言われているので、無宿人をヒントにしながら、結ばれなかった男女のさまよう魂の物語に置き換えれば、何か作ることができるかもしれないと思ったんです」
それにしても、2013年製作の短編『終点、お化け煙突まえ。』も、『ブルー・ウインド・ブローズ』も生と死が交わる世界を描いているが、これは、富名監督の映画における永遠のテーマとして位置づけられているのだろうか?「狙っているわけではないのですが、たぶん、父親が2歳の時に亡くなり、物心がつく前から母親と一緒に仏壇に手を合わせていたことが影響していると思います。肉体はないけれど、意識の中に父がそばにいると感じて過ごしてきたので、見えないものに対する距離感が自分の作る物語に出てしまうのかもしれません」と富名監督は自己分析する。
●小松菜奈と松田龍平の神秘性を画面に収めたかった
佐渡の静謐な景観を生かすため、今回はスタンダードサイズを選択し、「必要のない情報を極力カットした」という富名監督。特に金山は構図も素晴らしく、神秘的なオーラを放ち、緑豊かな自然の風景も濃密で美しい。さらに、スラッと背の高い主演の小松菜奈と松田龍平の佇まいが「縦に長く、美しく、スタンダードサイズによく映えるところも効果的だった」と富名監督は満足そうに語る。
そもそも、小松と松田のミステリアスな雰囲気にかねてから惹かれていたという富名監督は、「物語もキャラクターもそれなりにあるけれど、それを超越して、ただただ、二人の非現実的な佇まいを画面に収めたかった」と本音を明かす。「つまり、主人公の二人は過去の記憶を失くしたことによって“無”の状態になるわけですから、物語やキャラクターに依存せず、小松さんと松田さんのピュアな姿が佐渡の風景に溶け込めば、私が求めている画がきっと撮れるに違いないと思ったんです。曖昧なオファーの仕方でお二人とも困惑していたかもしれませんが、いろんなご縁が繋いでくれて本当にラッキーだったと思っています」
また、小松と松田の存在をさらに際立たせる表現者たちの豪華共演も見逃せない。前作に続き内田也哉子、ダンサー・演出家の森山開次が出演し、新たに大竹しのぶ、田中泯、石橋静河、歌舞伎界ホープの片岡千之助が参加。また、能が盛んな佐渡にふさわしいゲストとして、能楽師の辰巳満次郎も華を添え、劇中音楽をRADWIMPSのフロントマン野田洋次郎が担当するという豪華さだ。
中でも圧巻だったのは、死から成仏する49日を迎えた人に印籠を渡す施設館長役・田中泯の身体表現。「あれは撮り直しなしの一発撮り。カメラも引きの1台のみ。ある種の懸けでした。ものすごい緊張感でしたが、唯一無二の素晴らしい画が撮れたと思います」と手応え十分。「まさに日本人にしかできない、日本人ならではの内なるアクション、“止まったアクション”とでも言いましょうか。言葉ではなく、身体や佇まいだけで表現する…ある意味、私が撮りたかった映画の本質が集約されたシーンと言えるかもしれません」と目を輝かせた。
来世と現世の狭間でさまよう魂たち…この土地にかつて存在していた人たちの失われた声や感情を想像し、そして思いを馳せながら交信する…富名監督が紡ぎ出すシームレスな世界は、ある意味、豊かな心の在り方を提示してくれる“極上の癒し”と言えるかもしれない。
(取材・文・写真:坂田正樹)
<Staff&Cast> 出演: 小松菜奈、松田龍平/片岡千之助、石橋静河、内田也哉子、森山開次、辰巳満次郎/田中泯、大竹しのぶ 音楽:野田洋次郎/監督・脚本・編集:富名哲也/企画・プロデュース・キャスティング:畠中美奈/撮影:宮津将/照明:渡辺隆/サウンドデザイン:鶴巻仁/衣裳:田中洋介/ヘアメイク:楮山理恵/特殊メイクアップ/監修:林伸太郎/サウンドエディター:松浦大樹/助監督:浅井一仁/制作担当:呉羽文彦/宣伝プロデューサー:伊藤敦子/特別協賛:ナミックス/協賛:新潟日報社、今泉テント、新潟クボタ、サンフロンティア不動産、ジー・オー・ピー、新潟放送、エフエムラジオ新潟/World sales:HKIFF COLLECTION/助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業) 独立行政法人日本芸術文化振興会/配給協力:ハピネットファントム・スタジオ/宣伝:ミラクルヴォイス/製作・配給:テツヤトミナフィルム/2023年/日本/101分/カラー/スタンダード/5.1ch /G/公式サイト:watakushidomowa.co
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