世界に誇るジャマイカの英雄ボブ・マーリー。歴史的名盤と言われるアルバム『エクソダス』をはじめ、彼が奏でる愛と希望に満ちた音楽は、今もなお世界中の人々に影響を与え続けている。特に母国ジャマイカ人にとっては、神にも匹敵する特別な存在。そんな偉大な人物の映画化を持ちかけられたら、どんな監督だって尻込みするだろう。
現在、公開中の『ボブ・マーリー:ONE LOVE』のメガホンをとったレイナルド・マーカス・グリーン監督も、今でこそPR来日を果たし笑顔を見せているが、最初は、すでに完成していた脚本を読み、「私には到底できそうもない」と断りを入れたのだとか。ところが、ボブのファミリーが多数参加し、中でも有能なプロデューサー、ジギー・マリーが陣頭指揮をとること、そして、前作『ドリームプラン』でタッグを組んだ脚本家ザック・ベイリンが参加し、ストーリーを再構築するという条件が整ったことで、首を縦に振ったという。
それでも、制作過程の中でジャマイカ人スタッフから、「絶対に失敗するなよ」「酷い映画を作ったら許さない!」と強烈なプレッシャーをかけ続けられたというグリーン監督。それはまるで、「両親が見守る中で、重症の子供の手術を任された外科医のような心境だった」と振り返る。だが、「それも映画監督の宿命なのかもしれない」と悟ったグリーン監督は、ならば、完璧なキャスティングと、検索エンジンで探しても出てこないボブの真の姿を追求するしかない…そう腹をくくり、このプロジェクトに立ち向かった。
まずは最重要課題であるボブ・マーリー役探しだ。「ボブを演じられる俳優が見つからない、あるいは妥協しなければならない状況なら、この企画は成り立たない。だから半年以上かけてありとあらゆるオーディションをやったんだ。ところが、なかなかふさわしい俳優が現れない。少しくじけそうになっていた時に、突然、キングズリー・ベン=アディルから映像が送られてきたんだ。思わず『これだ!』って心の中で叫んだね。体重を20kgくらい(最終的には6kgの減量まで戻して撮影に臨んでいる)落として、『ボブを演じられるのは俺しかいない』という気概が映像から伝わってきたんだ。よし、これでこの映画は行ける、と思ったね」
要(かなめ)のボブ役が決まったら、あとはもう突き進むしかない。今まで知らなかった真のボブ・マーリー像を描くために、まずやることは、徹底したリサーチだった。「もちろん、ありとあらゆる文献は読んだが、それでは誰もが知っているボブの側面しか描けない。ならば、家族はもとより、今、生存しているボブの友人、知人、ビジネスパートナー、クラブの経営者など、思い当たる人たちの声を片っ端から聞き取るしかないと思い、とにかくリサーチに明け暮れたよ」
ただ、さすがは世界に誇るジャマイカの英雄、中には話を大袈裟に盛る者もいて、しかもおおむね、「ボブは私の親友だったよ」と誇らしげに語る。「そんなはずはない…と無下に疑いをかけることもできないので、リサーチで得た情報をふるいにかけて、なるべく信ぴょう性の高い話を抽出し、知られざるボブの姿を構築していったんだ。結局、家族に勝る濃度の高い情報はなかったけどね」と苦笑い。
そういった意味でも、今回、プロデューサーのジギーをはじめ、ボブの家族が企画に参加していることが、とても大きな意味を持っていた。「彼らからは、それこそボブが生きたジャマイカの歴史検証からボブが話したパトワ語の雰囲気、さらには、本当はどんな性格だったのか、どんな匂いがしたのか、シャツはどうやって着たのか、どんな歩き方をして、どんなおしゃべりを好んでいたのかなどなど、細かいところまで聞かせてもらった。話を聞いているうちに、なんだか“ミニ・ボブ(ボブの分身)”たちに取り囲まれているような不思議な気持ちになったよ(笑)」
集めた貴重な情報は、物語やボブを演じるキングズリーに全て還元されたそうだが、さて、いったいどんな映画に仕上がったのか。今回は、人間ボブ・マーリーにスポットを当てているため、ライブシーンはそれほど多くはないが(それでもクライマックスのジャマイカ凱旋ライヴ『ワン・ラヴ・ピース・コンサート』は圧巻!)、これまで語られてこなかったボブの新たな一面が垣間見られるはずだ。
「ボブ自身が生前、とてつもない完璧主義者だったので、映画を作る上でも全てがプレッシャーとなり、ハードルが高かった。ただ、ボブを心から愛するファミリーたちと、今回、素晴らしいチームを組むことができたことが何よりも嬉しかった。そこには、逆境をも上回る一つの、それもとても大きな一つの“愛”があった。その愛が作品に溢れている。リタとの愛、家族との愛、仲間との愛、そして歌によってみんなが繋がること、一つになること…あとは、観客の皆さんがどう捉えてくれるか…今はとてもワクワクしているよ」
(取材・文・写真:坂田正樹)
<Story> 1976 年、カリブ海に浮かぶ小国ジャマイカは独立後の混乱から政情が安定せず、対立する二大政党により国民は分断されていた。僅か 30 歳にして 国民的アーティストとなっていたボブ・マーリー(キングズリー)は、彼の人気を利用しようとする国内の政治闘争に巻き込まれ、同年 12 月 3 日に暗殺未遂事件が起こる。
僅か 2 日後、ボブは怪我をおして、その後伝説となった「スマイル・ジャマイカ・コンサート」のステージに立つが、身の危険からすぐにロンドンへ逃れる。ロ ンドンでは「20 世紀最高の名盤(タイム誌)」と評されるアルバム『エクソダス』の制作に勤しみ、ヨーロッパ主要都市を周るライブツアーを敢行。かのザ・ ローリング・ストーンズやザ・クラッシュと肩を並べ、世界的セレブリティの階段を駆け上がる。一方母国ジャマイカの政治情勢はさらに不安定化し、内戦の 危機がすぐそこに迫っていた。深く傷ついたジャマイカを癒し内戦を止められるのはもはや政治家ではなく、アーティストであり国民的英雄であるこの男だけだった…
<Staff&Cast> 監督:レイナルド・マーカス・グリーン(『ドリームプラン』)/」出演:キングズリー・ベン=アディル(『あの夜、マイアミで』)、ラシャーナ・リンチ(『キャプテン・マーベル』『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』)/脚本:テレンス・ウィンター(『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』)、フランク・E・フラワーズ、ザック・ベイリン(『グランツーリスモ』)、レイナルド・マーカス・グリーン/原題:Bob Marley: One Love/公式サイト:https://bobmarley-onelove.jp/
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