⽴命館⼤学の⾳楽サークル“ロック・コミューン”から生まれたロックバンド・くるり。1996年、結成当時のオリジナルメンバー、岸⽥繁、佐藤征史、森信⾏が伊⾖スタジオに結集し、アルバム制作に奮闘する姿を追いかけたドキュメンタリー映画『くるりのえいが』が、現在、全国劇場3週間限定公開&デジタル配信されている。
今、なぜ、3⼈による曲作りを選択したのか。そして、彼らによってどんな曲が⽣み出されていくのか。「0から1を生み出したい」というくるりの強い思いで始まったプロジェクトに完全密着した佐渡岳利監督が、その独特の撮影方法ともに、数カ月間追い続けた彼らの魅力について語ってもらった。
●オリジナルメンバーの3人語りが心地いい
――本作を観させていただいて思ったのが、ほぼ3人語りという点。通常は友人、知人、スタッフらが出てきて、いろんな裏話や凄さを客観的に語る場面がインサートされる場合が多いですが、彼らとの絡みの中で登場する以外は全くない。これは佐渡監督のスタイルなのか、それとも今回はこのスタイルがベストだと思ったからなのか、どちらでしょう?
佐渡監督:後者です。ドキュメンタリーといってもいろんなスタイルがあると思うんです。テレビのドキュメンタリーなども手掛けていますが、その場合は、不特定多数の方がご覧になるというテレビの特性を考えると、ある程度わかりやすく作らないといけない。そうなると、他の方の証言を入れたり、説明のナレーション入れたりと、配慮が必要になりますが、今回の場合、観客はくるりファンの方々が多いと思いますので、基本的な前提は、もはやご存じかと。だったら余計な要素を入れず、純粋に制作過程にフォーカスする方がいいと思いましたし、メンバーも「3人で作る」ということにこだわっていたので、映画も「3人が出る」ものにしたという事ですね。
――あくまでもメンバー3人が発信するものだけで構成するということですね。
佐渡監督:やはりファンとしては、好きなアーティストをたっぷり観たいと思うので、メンバー3人のリアルな姿を映し出したり、生の声を伝えてあげたりした方が嬉しいし、重みがありますよね。もし亡くなられた方だったら、もうご本人は話せないわけですから、代弁者がたくさん出てきて語っていただくのはとてもいいと思いますが、彼らはまだバリバリに活動されていますから。
――メンバーとの距離感ってどんな感じなのでしょうか?
佐渡監督:僕の場合、“空気”になりたいと思っています。ただ、ご本人たちの前でカメラを回すわけですから、否が応でも視界に入ってくるので、その時点で自然ではないんですが、できる限りメンバーに余計なことを考させず、素顔に近い状態でいられるよう、「いない存在」を目指しますね。
――これは私の想像ですが、少し早めに入って、この状況に慣れていただく状況を作るのかな?と思っていました。
佐渡監督:長い期間撮りますから、皆さん、途中からは自然と慣れてきますね。「ああ、今日もアイツ、いるなぁ」って(笑)。メンバーも最初からそれほど違和感はなかったようですが、ただ、それでも人間ですから、心のどこかで「撮られている」という意識があるので、もうちょっとかっこよく見えるようにしたいとか、嫌な顔しないでおこうとか、ちょっと思ったりするじゃないですか。だから、いかにそういう意識を持たないようにさせるか、いかに自然でいられるようにするかを考えて…。メンバーそれぞれの性格を把握しながら撮影することも大切ですね。
●衝動的に浮かんだ言葉の強さを大事にしたい
――3人のオリジナルメンバーを長い時間撮ってきたわけですが、佐渡監督なりに撮影しながら彼らのパーソナリティーをどう感じたか、教えていただけますか?映画を観れば一目瞭然なのかもしれませんが、一番近くで見てきた佐渡監督ならではの生の感想をお聞きしたいです。
佐渡監督:オリジナルメンバーは3人ですが、くるりは2人組ですよね。岸田さん、佐藤さんがその都度、最適だと思われるメンバーを集め、環境を整えて音楽を作ってきていると思うので、今回は森さんと一緒にやるのがベストだという判断をされたと思うんです。だから、この3人体制がパーマネントであるとか、懐かしむための再結成であるとか、そういうことでは決してないっていうことが凄くよくわかりました。
――それは森さんもよくわかっていらっしゃるようでしたね。
佐渡監督:そうなんです。森さん自身、「またくるりに戻ったんだ」っていう感覚ではないんです。一人のドラムプレイヤーとして、くるりに提供すべきものは何なのかを真摯に考えながら理解を深めていったと思うんですよ。ある意味、岸田さんと佐藤さんは、今のくるりに何が必要なのか、何が足りないのかってことを冷静にジャッジして、森さんに来てもらったと思うんです。ソングライターとして骨格を作る岸田さんを中心に、佐藤さん、森さんの3人がそれぞれの味や雰囲気を加えながら走っていく…そこにはノスタルジーというより、成長や進化を感じていたんじゃないかなと思います。
――佐渡監督の目から見てて、3人のチームワークはどのように映りましたか?この3人だからこそ生み出す独特の空気感みたいなものはあったのでしょうか。
佐渡監督:デビューした頃は、かなり衝動的に曲を作っていたということを、劇中、おっしゃっていますが、そういうところは3人揃ったことで蘇ってきたようでした。だから、バンドにとって、最初の仲間って大事なんだなと思いましたね。くるりのプリミティブな部分を凄く感じました。
――確かに。森さんが参加したことによって、メジャーデビュー曲『東京』を生み出した当時の熱量が再燃した感じもあって、そこは彼らの根底に変わらずあるものなのかなと思いました。特に、岸田さんに突然、歌詞が降りてきて、倉庫みたいなところにこもって衝動的に書くシーンは印象的でした。しかも、スマホで書いているところが、ちょっとだけ進化?を感じます(笑)
佐渡監督:あの時は、本当に突如降ってきたかのようにバンバン作っていましたね。1曲10分ぐらいで5、6曲次々に書き上げていました。「時間がかかる時も当然ありますよ」とおっしゃってはいましたが、どちらかというと早いタイプなのでは。
――マグマのように溜めて、溜めて、爆発する、みたいな感じなんですかね。
佐渡監督:日々いろんなことを考えてらっしゃると思いますが、熟成するとかそういうことではなくて、やはりパッと浮かんできた“言葉の強さ”みたいなものをすごく意識しているんじゃないですかね。言葉を練り上げていくことによって削がれていく魅力もたくさんあると思うので、推敲をあえて重ねず、そのゴツゴツしたパワー感をとても大切にしているように感じました。特に今回は、そういうところを大事にしたかったようですね。くるりの初期の作り方を、今のスキル、今のプロデュース能力、アップデートされたテクノロジーで、いかに高いレベルに上げていけるかということを狙いとして持っていたんだと思います。
●ドキュメンタリーの極意は作り手の“気配”を消すこと
――最後に、佐渡監督なりの考え方で結構なので、ドキュメンタリーを作るための“極意”みたいものを教えていただけますか?ご本人が目指していることでも結構なので…。
佐渡監督:100人いたら100人のやり方があると思うんですよ。だから、これはあくまでも僕個人の考え方なんですが、とにかくドキュメンタリーは、作り手の存在はもとより、気配さえも、出なければ出ないほどいいと思っています。誰かがカメラを持って、「彼らを今撮っているんだ」という感じを観客や視聴者の皆さんに与えないほうがいい。ドキュメンタリーというジャンルに限って言えば、観ている方々が気持ちよく自然に対象者(本作ならくるりの3人)に没頭できる作品が僕にとってはベストですね。監督によっていろんな考え方があるので、自身のエゴや作家性を全面に押し出した傑作もたくさんありますが、僕の場合は自身を映像からできる限り消すこと、その領域に行きたいと考えています。
――『くるりのえいが』を観る限り、大成功じゃないですか。佐渡監督の気配、全く感じませんでしたよ。
佐渡監督:本当ですか?いやぁ、どうなんでしょうね。自分ではなかなか判断できないですが、僕の気配が消えていたとしたら、まずは成功と言えます。あとは、くるりオリジナルメンバーの人間性や、アルバムの制作過程をたっぷりと目に焼き付けていただければ嬉しいですね。(取材・文・写真:坂田正樹)
<Staff&Cast> 出演︓くるり(岸⽥繁、佐藤征史、森信⾏)/⾳楽︓くるり/主題歌︓くるり「In Your Life」 /オリジナルスコア︓岸⽥繁/監督︓佐渡岳利/プロデューサー︓飯⽥雅裕/配給︓KADOKAWA/企画︓朝⽇新聞社/宣伝︓ミラクルヴォイス
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