<Introduction> 『レスラー』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞し、『ブラック・スワン』でナタリー・ポートマンにアカデミー賞主演女優賞をもたらした鬼才ダーレン・アロノフスキー監督が、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で世界中に旋風を巻き起こした制作会社・A24とタッグを組み、劇作家サミュエル・D・ハンターの同名舞台劇を映画化した『ザ・ホエール』(大ヒット公開中)。家族を捨て、ゲイの恋人に走った主人公チャーリーの娘に対する贖罪の物語だ。
恋人の死のショックで、過食症となった主人公チャーリーは体重が272キロに達したことから心不全が悪化し、ソファから動けない。ゆえに映画の設定は、純粋な室内劇として展開するが、アロノフスキー監督の円熟味を感じさせる語り口で、激しくも繊細に揺らめく主人公の心の軌跡を映像化した。随所にちりばめられた宗教的なエッセンス、チャーリーと娘を結びつけるハーマン・メルヴィルの名作『白鯨』の引用も映画に奥行きを与えている。
最大のサプライズは、もちろん本年度アカデミー賞®主演男優賞を獲得したブレンダン・フレイザー。体重272キロにまで膨れ上がった男の感情に寄り添った渾身の演技は、誰もが圧倒されずにいられない。毎日メーキャップに4時間を費やし、45キロのファットスーツを着用して40日間の撮影に臨んだフレイザーは、苦行のような日々を生きるチャーリーを、時にチャーミングな人間性を垣間見せながら体現。まさしく入魂のパフォーマンスで新たなキャリアを切り開き、俳優としてドラマティックな復活を果たした。
<Production notes> アロノフスキー監督がチャーリーの体型に関して抱いていたイメージは、人間としての極限状態、すなわち命を脅かすほど深刻な状態だった。同時にアロノフスキー監督は、主演俳優フレイザーの顔をメーキャップで覆いすぎて、さまざまな感情を示す表情が見えづらくなることは絶対に避けたいと考えていた。この途方もない課題を達成するために監督が頼ったのは、信頼するプロセティック・メーキャップ・アーティストのエイドリアン・モロット(本年度アカデミー賞メイク・ヘアスタイリング賞)だ。モロットは本作のために史上初の100%デジタル技術によるプロセティック・メーキャップを始め、いくつかの新しい手法を開発した。
いわゆる“ファットスーツ”は、映画史上、デリケートな問題をはらんできた。肥満体型の人々を批判、あるいは嘲笑するために使用されてきたからだ。そのためアロノフスキー監督とモロットは、チャーリーの巨体をフレイザーの演技の延長線として捉え、敬意を持って自然に見えるよう作るにはどうするべきか徹底的に研究した。モロットが作ったプロセティック一式を初めて見たときに、フレイザーは心底感動したという。「細部にまで緻密に作り込まれていて、見事なエアブラシ使いが肌の透明さとその下の青い血管をリアルに引き出していた。物理特性や重力が皮膚に及ぼす影響について深く考えられていた。それと同時に、愛情と思いやりを込めて作られたものだということも伝わってきたよ」。体重272キロが話題の中心となっているが、その奥に流れるさまざまな心の葛藤をぜひ劇場で体感してほしい。
<Story> ボーイフレンドのアランを亡くして以来、現実逃避から過食状態になり健康を害してしまった 40 代の男チャーリー(ブレンダン)。アランの妹・看護師のリズ(ホン・チャウ)の助けを受けながら、オンライン授業でエッセイを教える講師として生計を立てているが心不全の症状が悪化し、命の危険が及んでも病院に行くことを拒否し続けている。しかし、自分の死期がまもなくだと悟った彼は、8年前、アランと暮らすため家庭を捨てて以来別れたままだった娘エリー(セイディー・シンク)に再び会おうと決意。彼女との絆を取り戻そうと試みるが、エリーは学校生活や家庭に多くの問題を抱えていた…。
<Staff&Cast> 監督:ダーレン・アロノフスキー/原案・脚本:サム・D・ハンター/キャスト:ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートン//2022 年/アメリカ/英語/117 分/カラー/5.1ch/スタンダード/原題:The Whale/字幕翻訳:松浦美奈/PG12/提供:木下グループ/配給:キノフィルムズ/公式サイト:whale-movie.jp