昭和63年、東京・銀座が舞台の映画『白鍵と黒鍵の間に』が現在、公開中だ。63年といえば、まだまだバブル全盛期(ホントは下降線であることを誰も気付いていなかっただけだが)、ちょうど筆者が青山の広告制作会社をクビになり、東銀座の会社に転職した頃だ。街は不夜城のように毎晩ざわつき、今から思うと、かなり自分を見失い、社会の波に踊らされていた。20代も後半、「糸井重里さんのようなコピーライターになる!」「サントリーローヤル ランボー編のようなCMを作りたい!」みたいなミーハーな志しは全くなくなり、「広告業界は金になるぞ!」という邪心に脳が犯され、心の機能不全を起こしていたように思う。
<Focus Points> 羽振りは良く浮かれてはいたけれど、心の方は相当貧しかった黒歴史…本作には、その時代、確かに感じた匂い、空気感が、バンドマンが集まるショットバーや熱気にあふれるライブハウスの喧騒と共に見事に封じ込められている。主演を務めるのは、日本で一番テアトル新宿が似合う俳優・池松壮亮。『シン・仮面ライダー』でメジャー大物スターへの道を歩もうとしたって、エッジの効いたインディーズ映画が絶対に彼を離さない。本作はもとより、名匠・阪本順治監督(『せかいのおきく』4/28公開)や盟友・石井裕也監督(『愛にイナズマ』10/27公開)も、「どうだ、やっぱり面白いだろ?」とばかりに、池松の役者魂が燃えるような“東京テアトル作品”で引きずり込む。
その役者魂が燃えた証しこそが、『ゴッド ファーザー 愛のテーマ』のピアノソロ演奏だ。短期間でよくここまで上達したなと感心するのだが、この役への執念こそが池松の真骨頂。本編で周りが「弾くなよ、弾くなよ、絶対に弾くなよー」というダチョウ倶楽部よろしく煽りに煽り、ついに我慢しきれなくなってしまう池松の衝動と爆発的力演は、圧巻としか言いようがない。
本作で池松が演じるのは、“夢を諦めた男・南”と“夢を追う男・博”という2人のジャズピアニスト。対照的な南と博を中心に、大学の先輩でバンド仲間・千香子(仲里依紗)、音楽好きのヤクザの会長・熊野(松尾貴史)、出所したばかりの謎の男“あいつ”(森田剛)、アメリカ人の歌姫・リサ(クリスタル・ケイ)、お調子者のバンマス・三木(高橋和也)らが入り乱れ、現実と幻想の間を駆け抜ける狂騒の一夜が繰り広げられる。また、バークリー音楽大学主席卒業という経歴を持つ気鋭のサックス奏者・松丸契が、博と実力を認め合う K 助役で映画初出演。本職がミュージシャンであるクリスタル・ケイと松丸が参加する演奏シーンは、作中のハイライトのひとつになっている。
原作は、現役のジャズピアニスト・南博(みなみ・ひろし)のエッセイ『白鍵と黒鍵 の間に -ジャズピアニスト・エレジー銀座編-』。キャバレーや高級クラブを渡り歩いた青春の日々を綴った回想録だが、本作では、共同脚本を手がけた冨永昌敬監督と高橋知由がこれを大胆にアレンジした。南博自身がモデルの主人公を“南”と“博”という2人の人物に分け、3年におよぶタイムラインがメビウスの輪のように繋がる一夜へと誘い、観る者を翻弄する。 独特のねじれたユーモア感覚で人気を博し、前作『素敵なダイナマイトスキャンダル』も絶賛を浴びた冨永監督は、どこか夢の中のような架空の昭和感と、現実を軽々と飛び越えるマジックリアリズムを融合させ、一度ハマると 抜け出せない魅惑の世界を作り上げている。
映画『白鍵と黒鍵の間』は、 昭和レトロな空気をまとったファンタジー・コメディ。「ノンシャラントに」という台詞が劇中に 何度も登場するが、平たく言えば何でもありで、凝り固まらなくていいノンジャンルの魅力が本作には詰まっている。まるでジャズセッションのように自由で奔放な、異色の冒険譚をぜひ堪能していただきたい。(坂田正樹 ※プレスリリース一部引用)
<Staff&Cast> 出演:池松壮亮/仲里依紗/森田剛/クリスタル・ケイ/松丸契/川瀬陽太/杉山ひこひこ/中山来未/福津健創/日高ボブ美/佐野史郎/洞口依子/松尾貴史/高橋和也/原作/南博『白鍵と黒鍵の間に』(小学館文庫刊)/監督:冨永昌敬/脚本:冨永昌敬/高橋知由/音楽:魚返明未/配給:東京テアトル
Ⓒ2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会