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APR 25, 2023 インタビュー

PFF満場一致でグランプリ!映画 『J005311』 河野宏紀監督、引退覚悟の作品で魅せた魂のぶつかり合い

第44回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)で満場一致のグランプリを受賞した映画『J005311』が、4月22日(土)よりユーロスペースを皮切りに劇場公開がスタートした。主人公の神崎を演じる新人俳優・野村一瑛(のむらかずあき)と、今回初監督に挑みながらひったくり犯・山本を演じた河野宏紀(こうのひろきの限られたセリフと声にならない掛け合いがスクリーンにいっぱいに共鳴する。生きづらさを抱えた自身の心情を投影し作り上げたという河野監督に、受賞の喜びと共に本作の制作に至った経緯、トラブル続きだったという撮影秘話、さらには主演を務めた親友・野村との関係性について話を聞いた。

監督・脚本・編集・出演を務めた河野宏紀

あらすじ:神崎(野村)は何か思い詰めた表情で、街へ出かける。タクシーが捕まらず、背中を丸め道端に座り込んでいると、車道越しにひったくり現場を目撃。一心不乱に走り出した神崎は、ひったくり犯の山本(河野)に突然声をかけ、「100万円を渡す代わりにある場所へ送ってほしい」と依頼する。 山本は不信に思いつつも渋々承諾し、二人の奇妙なドライブが始まる。気まずく重い空気が漂う中、孤独な二人が共に過ごす歪な時間…この旅路の行きつく先はいったいどこなのか?

Ⓒ2022『J005311』製作委員会(キングレコード、PFF)

●役者をやめる前に自分の作品を残したかった

――満場一致という最高評価であるPFFグランプリを獲得されたわけですが、その時の心境はいかがでしたか。

河野監督:まさかグランプリをいただけるなんて思ってもいませんでした。「とりあえず作ったから、出してみるか」くらいの感じだったので、嬉しいというよりも驚きしかなかったです。

――三島有紀⼦監督をはじめ審査員の方からいろいろコメントがあったと思いますが、どんな言葉が一番印象に残っていますか。

河野監督:それこそ三島監督が、「『J005311』を観た時に、私はこの作品にグランプリを獲ってもらうために審査員に呼んでいただいたんだと感じました」とおっしゃってくれたんですが、その言葉が素直に嬉しかったです。

――役者を引退する覚悟で、「心残りがないように」という思いで作られたそうですが、俳優ではなく“監督”として作品を残したのはなぜですか。

河野監督:19歳ぐらいから役者を志し、それから数年後に野村(本作の主演)と出会って、「何か一緒に作品を作ろう」と決めて、いろいろ企画を二人で考えたんですが、なかなかうまくいかなくて…。とりあえず1度その夢は諦めて、「お互い役者に専念して頑張ろう」ということになったんです。ところが、数年の時が流れても、なかなか芽が出ず、状況はほとんど変わっていない。2021年を迎えたとき、「もう役者を目指すのはやめよう」と思ったのですが、ただ、やめる前に後悔を残さないように作品だけは1本残したいという気持ちがあったので、これが最後と野村を呼び出して本腰を入れて企画を練り始めたんです。

河野監督と主演の野村一瑛 Ⓒ2022『J005311』製作委員会(キングレコード、PFF)

――なるほど、監督をやりたいと言うよりは、自分が描きたかった作品をとにかく残したかったわけですね。

河野監督:そうですね。自分の中で思っている、頭の中にあるものを吐き出したかったんだと思います。

●気づいたらキャラクターが二人になっていた

――想像力をかき立てるというか、セリフや物語を極力そぎ落とした不思議な映画でした。どういう思いで脚本を書かれたのでしょう。

河野監督:アテ書ではないですが、どこか自分たちを投影したような人物の物語にしたいなと思いました。脚本を書いていったら、たまたま二人しか出てこない物語になってしまったんですが、物理的に死のうとしている人間(神崎)と、社会的に終わっている人間(山本)の魂の衝突とでも言うんですかね…。人生とか、世間とかから外れたはぐれ者の二人を率直に描きながら、人間の奥底にある「本当の優しさ」って何だろう?という思いをめぐらせながら脚本を書きました。

――具体性のない中で物語はどんどん進んでいくわけですが、意図的に余計な説明をしない作りにしたのでしょうか。

河野監督:確かにバックグラウンドとかの説明がないですからね。ただ、これが友達同士だったらまた話は変わるかもしれないですが、登場人物たちは、そもそもお互い初対面で相手のことは何も分からない状況なので、「この人何者?」「いったい何がしたいの?」ぐらいの描写でいいのかなと思いました。

Ⓒ2022『J005311』製作委員会(キングレコード、PFF)

――ある監督さんから聞いた話ですが、映画のキャラクターを作るとき、映像に出す、出さないは別にして、「履歴書」をちゃんと作り込んで俳優さんに渡し、それを踏まえて演じてもらう、みたいなことをおっしゃっていました。

河野監督:それは僕たちもやりました。人生の履歴書を作って、お互い納得するまで話し合って臨みました。ただ、それはあくまでもバックボーンであって、映像には出さないということですね。僕があまり説明的な映画が好きじゃないということもありましたし、なるべく想像力をかき立てるような作品にしたかったっていうのは確かにあるかもしれません。

●コンペに参加しなかったら本当は「無題」にしたかった

――タイトルの『J005311』は、光ることなく浮遊していた二つの星が、奇跡とも呼ばれる 確率で衝突し、再び輝き出した星をもとに名づけられたそうですね。

河野監督:やりたいことは映像に残したので、正直、タイトルはどうでもいいと思っていました。何なら無題でもいいかなと。ただ、PFFへの応募もあったので、そういうわけにもいかないなということで、「何にしようか」と考えていた時に、たまたまニュースで『J005311』という言葉を発見して、これなら映画に当てはまるんじゃないかと。なんとなく名前もキャッチーだし、これでいいかなと(笑)

Ⓒ2022『J005311』製作委員会(キングレコード、PFF)

――そうなんですね。内容もタイトルも、凄く緻密に計算して作っているように見えたんですが、こちらが勝手に深読みしていたわけだ(笑)。撮影もゲリラ的に行われたそうで、警察出動で大変だったそうですね。

河野監督:それは、撮影初日ですね。人通りの多い真っ昼間。いきなり他人の鞄をひったくる僕のファーストシーンを都内某所で撮っていたら、⾃転車に乗った⼀人の警察官に声を掛けられたんです。どうやら本物のひったくり犯と勘違いされ、通報を受けたパトカーが6台到着し、挙げ句の果てにはスーツを着た警視庁の刑事まで現れ、僕と野村が連行されるハメに(苦笑)。何とか説明して疑いが晴れましたが、厳しい事情聴取で気持ちが疲弊してしまって…とにかく最悪のスタートで、その後もいろいろあったんですが、なんとかその場その場を乗り切ったという感じですね。

●グランプリ受賞や劇場公開はあくまでも結果論

――賞を獲るとか、劇場公開されるとか、他者の評価は抜きにして、ご自身としては思い通りの作品が完成したと思いますか?

河野監督:よく「映画は人に観られて初めて完成する」みたいなことを言われますが、この作品に関しては、野村と一緒に「やり遂げる」ことに価値を置いていたので、作品の出来栄えはさておき、ある意味、達成感はありました。グランプリ受賞や劇場公開はあくまでも結果論なので、まだ実感が湧いていないというのが正直なところですね。

――苦楽を共にした親友・野村さんからもいろんな影響を受けたと思いますが、いかがですか?本人を目の前にすると言いにくいと思うので、もし言いたいことがあればここで(笑)

河野監督:19歳の時にある養成所で出会ってから、なんだかんだずっと一緒にいるんですが、彼は僕以上に不器用なやつで、役者として「芝居がしたい」という思いを抱えながらもがいている姿を間近で見てきたので、とにかく彼を主演にして、人の目に留まる存在にしたかった。僕自身もいい方向に向かいつつ、彼も一緒に大きくなってほしいなという思いはありますね。だから今回、作品が完成した時、「一緒にやって良かったなぁ」と心の底から思いました。

Ⓒ2022『J005311』製作委員会(キングレコード、PFF)

――河野監督が今後、活動を続けるかどうか、野村さんが鍵を握りそうですね。

河野監督:実は別の作品を撮っているんですが、今回は野村が監督で、僕が主演という逆パターンになっています。今言ったことは、恥ずかしいのであまり本人には言いたくないんですが(笑)、せっかく機会をいただいたので、二人でいい方向に行けたらなとは思います。

――最後にご自身の言葉で本作のアピールをお願いします。

河野監督:監督初体験の素人が作った映画なので、技術的に拙いところはたくさんあると思いますが、僕の中で大切に思っている「優しくなること」、人の痛みや苦悩に「寄り添うこと」を僕なりの表現で描いたつもりなので、普段、あまり映画館に行かない方にも観ていただきたいと思っています。映画とか芸術は生活に根付いてこそあると僕は思っているので、人それぞれの思いを重ね合わせながら自由に解釈していただければ嬉しいですね。

取材・文・写真:坂田正樹

河野宏紀(監督・脚本・編集・出演)プロフィール

1996年1⽉22⽇⽣まれ。神奈川県出⾝。19歳の頃に俳優を志し、俳優養成所で演技を学ぶ。主な出演作に、『スペシャルアクターズ』(19/上⽥慎⼀郎監督)、『望み』(20/堤幸彦監督)、『由宇⼦の天秤』(21/春本雄⼆郎監督)など。全て独学で作り上げた本作が初監督となる。

Ⓒ2022『J005311』製作委員会(キングレコード、PFF)

映画 『J005311』は4 ⽉ 22 ⽇(土)よりユーロスペースほか全国順次公開中

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