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DEC 02, 2025 インタビューおすすめ

元フェンシング代表選手という異色の経歴!新星ネリシア・ロウ監督、長編デビュー作『ピアス 刺心』で問いかける愛の深遠…

フェンシングのシンガポール国家代表として活躍した異色の経歴を持つ新星ネリシア・ロウ監督の長編映画デビュー作『ピアス 刺心』(シンガポール、台湾、ポーランド合作)が12月5日(金)より劇場公開される。台湾で実際に起きた事件と自身の家族関係から着想を得て、実に5年の歳月をかけて脚本を練り上げたという本作。美しき兄弟の愛と疑念が交錯するスリリングな展開に、ロウ監督が込めた真の思いとは?

ネリシア・ロウ監督

<Synopsis> フェンシングの試合中に対戦相手を刺殺し、少年刑務所に服役していた兄ジーハンが7年ぶりに出所した。久しぶりに再会した弟ジージエは、「あれは事故だった」という兄の言葉を信じ、母の目を盗みながら二人の時間を取り戻していく。だが、幼き日に川で溺れた記憶が、ふとジージエの頭をよぎる。「あの時、なぜ兄はすぐに手を差し伸べなかったのか」…拭いきれない疑念が深まるなか、悪夢のような事件が起こる…

弟役のリウ・シウフーと兄役のツァオ・ヨウニン

健気で純粋な弟ジージエを瑞々しく演じたのは台湾の若手実力派俳優リウ・シウフー。本作でローマ・アジア映画祭最優秀男優賞を受賞、台北映画賞で最優秀新人男優賞にノミネートされた。そして映画『KANO-1931海の向こうの甲子園』で鮮烈デビューを果たしたツァオ・ヨウニンが、兄ジーハンの傲慢さと脆さを体現し、新境地を見せる。

<ネリシア・ロウ監督 単独インタビュー>

●6歳の時に「映画監督になる」と決めていた

――フェンシングの代表選手から映画監督へと転身された経緯を教えていただけますか?‎‎

ロウ監督:フェンシングを始めたきっかけは、大好きな映画『スター・ウォーズ』の影響で、「ライトセーバーで戦う感覚を味わってみたい!」という子供ながらの好奇心から。やってみたら凄く面白くて、何でも100%やらなければ気が済まない私は練習に没頭し、気付いたらシンガポール代表としてアジア大会に出場するまでになっていました。ただ、私の夢は、子供の頃から“映画監督”になること。6歳の時、すでに心に決めていたので、アジア大会を終えた後、迷うことなく映画の世界に飛び込みました。

――映画監督になると決断した後、シンガポールを離れ、アメリカで映画を学ぼうと思ったのはなぜですか?

ロウ監督:シンガポールは、日本と違って“アート”という感覚がない国なんです。私の周りの優秀な人たちは、医者や弁護士など堅実な世界を目指す人が多く、クリエイティブな世界に興味を持ったのは私だけでした。環境的にこのままシンガポールにいたら映画監督になれないかもしれない…そう思い始めたら居ても立ってもいられず、アメリカ(ニューヨークのコロンビア大学)で学ぶことを決意しました。アメリカを選んだのは、『スター・ウォーズ』や『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなど私の大好きなエンタテインメント大作だけでなく、インディーズ映画の中にも傑作がたくさんあり、昔から憧れを抱いていたからです。

●初めて感じた“心の痛み”をこの映画に込めた

――今回、台湾で実際に起きた事件と、ご自身のお兄様との関係性をクロスさせながら脚本を練られたそうですが、コロンビア大学時代、短編映画『Freeze』でも兄妹、特に兄についての物語が色濃く描かれていました。ロウ監督の中に何かトラウマみたいなものあるのでしょうか?

ロウ監督:自分の人生の中で、初めて心に“痛み”を感じたのが、兄の不可解な言動でした。それは5歳の時、原因はたわいもないことだったと思いますが、兄に「一緒に家出しよう」と持ち掛けたら、「イエス」と答えたんです。ところが、父親が兄に再確認したら、「ノー」と答えた。私の頭の中で、「イエス?ノー?イエス?ノー?…」が駆け巡り、自分が思い描いていた兄との関係が実際とは違っていたことに気づかされたんです。全く理解できなかったけれど、それでも兄への愛は変わらなかった…

――なるほど、本作にその思いが込められているのですね。

ロウ監督:ただ、自伝的要素を盛り込んだ映画を作る場合、現実から一歩引いたところから取り組まないと、私が抱いた感情的な真実を描くことは逆に難しいと思ったので、そこは脚本の段階で何度も再考を重ねました。 

――「現実から一歩引いて描いた」というのは、設定が違うということですか?

ロウ監督:映画の中では、兄のジーハンはソシオパスのように描かれており、意図的に弟を操ろうとしているわけではありません。一方、弟のジージエは、そんな兄が何を考えているのか全く分からない。これは私が体験した現実とは異なる設定ですが、衝撃のラストを迎えた時、兄の弟に対する感情は愛なのか、それとも、もっと複雑なものなのか。そして兄のとった行動に対して弟はどんな思いを巡らせたのか。そこが最も重要なテーマであり、この映画の肝になってくると思います。 

――ロウ監督のご専門でもあるフェンシングをモチーフに物語が展開しますが、これによって得られた映画的効果は?

ロウ監督:脚本を書き上げるのに5年の歳月を費やしましたが、 フェンシングを採り入れようと思ったのは、実は最後の方なんです。フェンシングは「物理的なチェス」と言われていて、相手の動きを先読みしてカウンターアタックを仕掛ける競技なんですが、人の心を読み、周りを操作し、自分の目的を達成する方法を知っているジーハンのキャラクターを考えるとピッタリだなと思いました。また、兄弟関係のメタファーとしてもフェンシングは大きな効果をもたらしたと思っています。

●愛に戸惑う人たちの“癒し”の映画になれば

――兄のジーハンを演じたツァオ・ヨウニン、弟のジージエを演じたリウ・シウフー、二人の美しい台湾人俳優が素晴らしかったです。

ロウ監督:兄のジーハンは、もともと抑制された控えめな人物で、一筋縄ではいかない分かりにくい性格です。俳優はその特性を理解し、意図的に「何を考えているかわからない」演技をする必要がありました。とても難しい役柄なので選定も難航し、台湾の20~30歳代の俳優ほぼ全員をオーディションしたと言っても過言ではありません。そんな中、ほとんどの俳優が、「ジーハンはなぜこんな人間になったのか」と説明を求めてきましたが、ヨウニンさんだけ、彼のミステリアスな存在そのものを受け入れ、何も聞いてこなかった。演技に関しても、多くの俳優が単に「驚く」表現をする中、ヨウニンさんは「驚くふり」をするという脚本の意図を自ら理解し演じました。それが彼をキャスティングする大きな決め手となりました。

謎多き兄ジーハンを演じたツァオ・ヨウニン

――兄に振り回されながら、同時にチームメイトの男の子に恋をするジージエ役も難しかったと思いますが、シウフーさんも難航の末の決定だったのですか?彼に関してはアテ書きのようにハマリ役でした。

ロウ監督:弟のジージエ役についても、若くてフェミニンな雰囲気が必要だったので、選定が難航するかなと私も思っていたのですが、なんと一番目に来た俳優がまだ新人だったシウフーさんだったんです。カメラテストでポテンシャルを確認したのですが、おっしゃるように、ジージエは彼のために用意された役のように思えたので即決しました。私は俳優の個人的な経験とキャラクターとのつながりを重視するんですが、シウフーさんは、世の中を「人を傷つけるタイプ」と「人に傷つけられるタイプ」の二種類に分けて考えており、自分は後者と理解しているところも気に入りました。まさに運命の出会いでしたね。

健気で純粋な弟ジージエを演じたリウ・シウフー

――謎に満ちた兄ジーハン、そして愛と疑念に揺れる弟ジージエ…確信はないけれど、得体の知れない怖さがどんよりと存在する中、子どもが急に泣き出すシーンがあります。映画の矛先を匂わすとても効果的な描写でしたね。

ロウ監督:ありがとうございます!今までたくさん取材を受けてきましたが、誰も聞いてくれなかったんですが、実は一番気に入ってるシーンなんです。SF映画を観ていると、エイリアンが人間のふりをしていることに人間は気づかないけれど、犬や猫が気づいたりします。それと同じように、子供はとてもセンシティブなので、大人には見えない本性が見えてしまう。その姿に動揺するジーハンの顔がクローズアップされるのですが、あそこは3テイク撮りました。1回目も2回目もよかったのですが、ヨウニンさんに、「ジーハンが子供を泣かせたのは初めてだと思う?」と質問を投げかけると、「子どもが泣いちゃった」という戸惑いの表情から、「また泣いちゃった」という気まずい表情に変わったんですね。「またか…」という意味深な感じが凄くよかったので、私は迷わず3回目を使いました。

子供に泣かれ動揺するジーハン(ヨウニン)

――インタビューを通して、ロウ監督のいろんな思いが詰まっていることがよく分かりました。最後にこれからご覧になる方へのメッセージをお願いいたします。

ロウ監督:ミステリーやサスペンス要素が際立っていますが、この作品は“愛”を描いた映画です。愛することが難しい人を、どのようにして受け止め、そして愛するのか…愛に戸惑う人たちへの“癒し”となる映画になればと願っています。皆さん、ぜひ劇場にいらしてください。(取材・文・写真:坂田正樹)

ネリシア・ロウ(監督・脚本)プロフィール/ シンガポールで生まれ育ち、5年間にわたりシンガポールのフェンシング国家代表として活躍する。2010年の広州アジア競技大会を最後に現役を引退し、子どもの頃からの夢だった映画作りの道へ進む。2018年、ニューヨークのコロンビア大学で映画監督専攻のMFA(芸術学修士)を取得。短編2作目の『Freeze』は、2016年のクレルモン=フェラン国際短編映画祭でプレミアされ、その後、金馬奨(台湾)、釜山国際短編映画祭(韓国)、ブリュッセル国際短編映画祭(ベルギー)、オーデンセ国際映画祭(デンマーク)、シンガポール国際映画祭をはじめ世界70以上の映画祭で上映された。 これまでに、シンガポール国際映画祭による東南アジアの若手映画作家を支援するプロジェクト「New Waves: Emerging Voices of Southeast Asia director showcase」(2017年)と「Southeast Asian Film Lab」(2018年)に選出され、2019年にはフランスを拠点とする国際的な映画脚本育成プロジェクト「Less is More」に参加。 長編デビュー作となる本作は、フェンシングを題材に、自閉症の兄との関係から物語の着想を得て制作された。

<Staff & Cast> 出演:リウ・シウフー、ツァオ・ヨウニン、ディン・ニン/監督・脚本:ネリシア・ロウ/撮影監督:ミハウ・ディメク/作曲:ピョートル・クレク/サウンド・デザイナー:ドゥ・ドゥーチー、ウー・シュウヤオ/2024年/シンガポール、台湾、ポーランド/106分/中国語/1.66:1 ビスタ/5.1ch/DCP/公式HP: https://pierce-movie.jp

© Potocol_Flash Forward Entertainment_Harine Films_Elysiüm Ciné 

映画『ピアス 刺心』12月5日(金) より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

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