国内外の映画賞を席巻した傑作『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』を生み出した監督・呉美保と脚本・高田亮が再びタッグを組んだ待望の最新作『ふつうの子ども』が9月5日(金)よりいよいよ劇場公開される。自ら仕事と子育てに追われる中で、いつか“子どもも大人も一緒に楽しめる映画”を作りたいと切望していた呉監督は、子ども同士の人間ドラマにスポットを当てた名手・高田の完全オリジナル・ストーリーと出会い、その思いがついに結実。「ありのままの子どもを思いっきり描きたかった」という呉監督に、撮影、編集に奮闘した制作の舞台裏を語ってもらった。

<Story> 上田唯士(嶋田鉄太)、10歳、小学4年生。両親と三人家族、お腹が空いたらご飯を食べるいたってふつうの男の子。最近、環境問題に高い意識を持つ同じクラスの三宅心愛(瑠璃)が気になっている。大人にも臆せず声を挙げる彼女になんとか近づこうと頑張るが、心愛はクラスのちょっぴり問題児・橋本陽斗(味元耀大)に惹かれている様子。そんな三人が勢いで始めた“環境活動“が思わぬ方向に転がり出していく。
●名手・高田亮とのタッグは毎回バトル?!
――呉監督の演出と高田さんの脚本は、とても相性が良いと思うのですが、実際はどんな感じなのでしょう?共感し合っているのか、それとも刺激し合っているのか…。
呉監督:実は、過去2作品とも楽しく和気あいあいと話しつつも、決してそれだけではなかったです(笑)。お互いに譲れないところがあって、私が質問攻めにすると、それに対して高田さんも応戦するので、本打ち(脚本の打ち合わせ)は毎回相当な時間を要してきました。ただ、それでも高田さんの脚本は私にとって本当に特別だと思っていて、例えば彼の脚本をほかの監督さんが映画化したと聞くと、その作品を観に行って、「やっぱり私の方が相性いいな」と自分で自分に言い聞かせて帰ってきます(笑)。いやらしい行動だなと思いつつも止められない…もしかして嫉妬心なんですかね?とにかく、それくらい高田さんの脚本は魅力的なんです。
――オファーはどのように来たのですか?
呉監督:プロデューサーの菅野(和佳奈)さんからお話をいただきました。もともとこの企画は、彼女と高田さんが二人で温めていたものなんですが、プロット作りの段階で私と高田さんが組んだ過去の作品をとても気に入ってくれていたことから白羽の矢を立ててくださったようです。

――高田さんとは『きみはいい子』以来、10年ぶりのタッグとなったわけですが、今回はいかがでしたか?
呉監督:『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』の2作は原作があったので、激論になっても立ち戻ることができる土台があったのですが、今回は高田さんの完全オリジナル・ストーリーなので、いかようにも振れるというところが、さらに楽しくもあり、苦しくもありました。ただ、「環境問題をモチーフに、今まで観たことのない新しい日本の子ども映画を作りたい」という菅野プロデューサーの思いが大きな軸としてあったので、高田さんとそれこそ粘土をこねるような感覚で少しずつ作り上げていきました。
――善くも悪しくも自分の個性を全面に出してくる子どもたちの姿がとても自然でエネルギッシュでした。チビッコ大作戦の様相を呈してくる後半は特にエンタテインメント性を感じたのですが、高田さんの脚本、菅野さんの狙いを受けて、どんなワールドを作ろうと思いましたか?
呉監督:参考として菅野プロデューサーが最初に挙げた作品が、私も大好きなショーン・ベイカー監督の『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』でした。子どもたちがとにかく可愛くて、みずみずしくて、色彩もカラフルで、引き込まれるように魅入ってしまう作品です。ただ、(サブプライム住宅ローン危機の余波に苦しむ貧困層という)社会問題が物語の根底にあるので、その可愛らしさに触れれば触れるほど身につまされるというか…子供だけでなく、大人の未熟さや社会のあり方などもリアルに詰め込まれているので、とても考えさせられる作品でもあるんです。

――こういった作風で子どもを主人公にした映画って日本にはあまりないですよね。
呉監督:子どもが主人公の映画はいっぱいあるんですが、例えば社会問題の犠牲者として過剰なくらい傷ついていたり、逆に天真爛漫に振る舞い過ぎていたり、あるいは子どもの心情を説明する謎のナレーションが入ったり…大人目線で描いた作品が多いんですよね。あとはアニメーションなど純粋に楽しめるザ・子ども映画。だからこの企画をいただいて、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』の話が出た時は嬉しかったですね。日本でこんな作品ができたら最高じゃないかって。子どもも親も先生もみんな未完成。ツッコミどころ満載だけれど、人間なんだからそれでいいじゃないかと。息子と一緒に観に行って、彼らが織りなすドラマについて感想を話し合える映画があったら素敵だなと思ったんです。

――お子さんも唯士たちと同じ小学4年生だそうですが、もう映画をご覧になったんですか?どんな感想を持たれたのか、ちょっと気になります。
呉監督:映画を観終わった後、「唯士はあの後どうなったんだろう、刑務所に入れられたのかな…」って結構心配していて、「その先をもっと描いてほしかった」と言われました。ほかのお子さんにも何人か観ていただいたんですが、「ホラー映画みたいだった」って言う子がいて、なるほどなって。語彙力の問題もあると思いますが、大人だったら絶対に出て来ないワードですよね。学校の相談室で唯士たちが追い詰められるシーンが地獄にいるみたいでめちゃくちゃ怖かったらしく、うちの息子もニヤッと共感していました。
●子役は演技経験より個性を重視
――子役は全員ワークショップで選ばれたそうですが、子どもたちのどこを観察して配役を決めたのでしょう。映画を観る限り、演技の優劣ではないと思いました。
呉監督:そうですね、みんながみんな礼儀正しく器用にお芝居する子だと面白くないし、観た目も同じような感じだとつまらないので、演技経験よりも子どもたちの個性を重要視するようにしました。初めてワークショップに参加して発言が控えめな子とか、空気を全く読まない自己主張の強い子とか…もしかしたらほかのオーディションでは選ばれにくいかもしれない子も含めて、小学校のクラスを想像しながらバランスよく選びました。

――その中でも主人公の3人はやはり個性が抜きん出ていましたね。特に唯士を演じた嶋田鉄太さんは、100年に一人の逸材じゃないかと思っています。
呉監督:この間までは、将来の夢は「芸人です」って言っていたんですが、最近聞いたら、「世界の嶋田になる」って言っていました。いったいなんなんでしょうね(笑)。
――やはり只者ではないですね(笑)
呉監督:この子がほかの道へ行かず俳優を続けたいと思う限りは、大人になってもきっと生き残っているだろうなって思います。例えば、笹野高史さんみたいな存在で(笑)。20代、30代はなかなかイメージできないんですが、おじいちゃんになった時の“嶋田鉄太”はなんとなく想像できる…それが彼に対する私の魅力の感じ方なんです。所属している事務所さんも伸び伸びとした環境だし、ご両親とも仲が良いし、とても豊かに育てられている感じがするので、主人公の唯士役は彼しかいないと思いました。

――唯士と大作戦を決行する心愛役の瑠璃さん、陽斗役の味元耀大さんについてはいかがでしょう?この二人もドキドキ、イライラ?…いろんな意味でとてもよかったです。
呉監督:瑠璃さんは、演技はほぼ初めてだったんですが、とてもお芝居のセンスがある子。何より周りの子に負けまいと一生懸命背伸びをしている感じが心愛役とリンクするので、彼女に決めました。陽斗役の味元さんは、憑依型で地に足がついている。普段はとてもおとなしいのに、クラスの問題児に成りきっていましたからね。たぶん、彼はどんな役でもできると思います。「よーいスタート!」でスイッチが入る感じで、ちょっと天才肌だなと思いました。

――唯士の母親役・蒼井優さん、担任教師役の風間俊介さん、そして心愛の母親役・瀧内公美さんの印象も教えていただけますか?
呉監督:蒼井さんはもともと魅力的な方ですが、とても良い歳のとり方をしていますよね。お子さんができてより説得力を増したというか、ご自身の私生活も踏襲されて、「ああ、こういうお母さんいる!」みたいな感じが絶妙に表現されていました。風間さんが演じた担任教師も、何が本質なのかわからない感じがとても良かったです。すごく優しいんですが、どこか割り切ってるというか…おそらくキャリアを積み重ねてきた教師が行き着くテンションって、こんな感じなんだろうなと。


瀧内さんに関しては、「私、どこまで行きます?」みたいな感じで探り探りでした。登場シーンでの印象は、それなりにキャリアがあって、娘と環境問題など意識の高いディベートを日々繰り広げているのかなと。やがて話し合いが進むにつれ新たな顔も見えてくる。何度もリハーサルを繰り返し定着させていきました。蒼井さん演じるお母さんと最後に言葉を交わすシーンは最高です。

●ショーン・ベイカー監督との共通点に胸アツ
――前作『きみはいい子』の時も感じたんですが、子どもたちの言動や振る舞いがあまりにも自然体で、「ここはドキュメンタリーに切り替えて撮っているのでは?」と思うシーンが本作でもありました。ところが舞台裏では、緻密な編集作業で“作り込んでいる”と聞いて、正直驚きました。
呉監督:今回、特にやりたかったのが、子どもたちのリアルな会話シーンなんですね。子どもって、周りを気にせずかぶせるように会話するじゃないですか。ところがそれを映画にすると、観客に会話を理解させるために、一人の子が喋ったら、次にもう一人の子が喋るとか、カットバックなどの手法を使って整えちゃうんですよね。私はそこに違和感を持っていたので、今回は自分が観てきた子どもたちの自然な会話を実現するために、一人ずつ自分の役を演じてもらって、あとで画と声を混ぜこぜに編集して自由にかぶせていくという手法をとりました。

つまり、子どものありのままの個性を最大限、映画の中に詰め込むために、納得がいくまで何度も何度も画と音を別々に撮り(録り)、その中からベストのものを選んで繋ぎ合わせていったわけです。その分、スタッフのみなさんには物凄く苦労をかけてしまって…編集の木村悦子さん、音楽の田中拓人さん、リレコーディングミキサーの野村みきさんには心底呆れられていたと思います(苦笑)
――確かショーン・ベイカー監督も同じような手法をとっていましたね。
呉監督:私はもともとスクリプターとして大林宣彦監督についていたんですが、編集もそれこそフィルムを一コマずつバラバラにする大林ワールドを目の当たりに、学ばせてもらいました。これまでも子どもを演出する際はそこで学んだやり方を実践してきたのですが、本作を制作するための参考として『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』のメイキング映像を観たら、ショーン・ベイカー監督も私と同じ方法で撮影していたんです!とても嬉しかったですね。と同時に、まだまだ手探りでやっていたところもあったので、彼のやり方と共通するところがあったことで、「これでいいんんだ」と自信にもなりました。
――最後に、本作も含めて呉監督の映画との向き合い方を教えてほしいのですが、個人的には社会派のイメージを持ちつつも、核はエンタテインメントなのかなと思っています。
呉監督:確かにわけのわからない映画よりも大衆に目を向けた映画が好きですね。かといって、劇伴がバーンってかかるようなエンタテインメント大作をやりたいかというと、そうじゃない。ショーン・ベイカー監督や伊丹十三監督などが織りなす独特の世界観も大好きですが…いつか『釣りバカ日誌』や『男はつらいよ』のような大衆的なシリーズものを撮りたいなと思っています。
――そうなんですね!では…主演はおじさんになった嶋田鉄太さんでぜひ。
呉監督:なるほど、それは面白そうですね(笑)
取材・文・写真:坂田正樹
<Staff & Cast> 嶋田鉄太、瑠璃、味元耀大、瀧内公美、少路勇介、大熊大貴、長峰くみ、林田茶愛美、風間俊介、蒼井優/監督:呉美保/脚本:高田亮/製作:「ふつうの子ども」製作委員会/製作幹事・配給:murmur/製作プロダクション:ディグ&フェローズ/制作プロダクション:ポトフ/特別協力:小田急不動産、湘南学園小学校/助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会/協賛:ビーサイズ、キュウセツAQUA、 YOIHI PROJECT、 Circular Economy.Tokyo、デザイン・エイチアンドエイ/公式サイト:kodomo-film.com

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