
現代に潜むSNS冤罪の恐怖を鮮烈に描いた浅倉秋成の同名小説を名優・阿部寛主演で実写映画化した『俺ではない炎上』(公開中)が好評を博している。メガホンを執った山田篤宏監督(『AWAKE』『ハッピーエンド』)に、本作に込めた思いとともに、撮影の舞台裏、阿部をはじめとするキャスト陣の魅力を存分に語ってもらった。
<Story> 大手ハウスメーカーに勤務し、仕事も家族も自分なりに大切にしてきた山縣泰介(阿部)。そんな彼が、ある日突然、SNS上で殺人犯に仕立て上げられる。彼のものと思われるアカウントから女子大生の遺体画像が拡散されたからだ。身に覚えのない事態に山縣は無実を訴えるも、瞬く間にネットは炎上状態に。匿名の群衆がこぞって個人情報を特定し、日本中で追いかけ回されることになる。やがて、彼を追う謎の大学生・サクラ(芦田愛菜)、大学生インフルエンサー・初羽馬(藤原大祐)、山縣の取引先企業の若手社員・青江(長尾謙杜/なにわ男子)ら様々な人物が絡み合い、事態は思わぬ方向へと転がり始める。

●犯罪ものだけど軽やかなエンタメを目指した
――山田監督が本作のメガホンを執ることになった経緯を教えていただけますか?
山田監督:原作の映画化権を持っていたプロデューサーの筒井(竜平)さんが、このプロジェクトを真剣に進めたいということで監督を探していたところ、『AWAKE』をとても気に入ってくださっていた筒井さんの部下にあたる方が僕を紹介してくれたのが最初のきっかけです。
――オファーをいただいた時の気持ち、原作を読んだ時の印象はいかがだったでしょう。
山田監督:松竹さんで300館(劇場公開数)規模のビッグプロジェクトと聞いて、正直びっくりしました。それだけでも断る理由はないんですが、原作を読んでみたら、現代的な要素を踏まえながら、殺人事件に巻き込まれていくというメインストーリーの展開がわかりやすくてとても面白かった。SNSの話だけに留まらないテーマも散りばめられていて、自分に合っているなと感じました。また、サスペンスドラマを軸にしながら、本格的なミステリーの側面があったり、クスッと笑えるユーモアがあったり…そういった点も気に入りました。
――主人公・山縣役の阿部さんはまさにハマリ役、まるでアテ書きのようにしっくりきましたね。
山田監督:脚本のプロットを読んでいる段階でも、確かに阿部さんの顔が浮かんでくるというか、しっくりきましたね。原作者の浅倉さんは、書いているときは特定の誰かを想像していなかったそうですが、映画をご覧になって、阿部さんにとても合っていたとおっしゃっていました。

――最強のキャスティングで臨んだ本作、山田監督は映像化するにあたってどんな世界観をイメージされたのでしょう。
山田監督:基本的に林(民夫)さんが書かれた脚本に合わせていく、というのが前提にあるんですが、僕の中では、緊迫感のある犯罪ものではあるけれど、重すぎないほうがいいかなと。例えば、韓国映画の『エクストリーム・ジョブ』やアメリカ映画の『セルラー』のように、サスペンスからコメディーまで色んな要素を詰め込んだエンタテインメント作品として魅せたいという思いはありました。SNS関連としては、『search/サーチ』も素晴らしい作品ですし、参考になりそうでしたが、個人的にはもう少し軽やかなほうがより多くの皆さんに楽しんでいただけると思ったので、前者のような作品を目指しました。
●阿部寛というベテラン俳優の経験値に感服
――阿部さんの良さが存分に引き出されていたと思いますが、タッグを組んでみていかがでしたか?
山田監督:阿部さんが真面目に演じれば演じるほど、山縣というキャラクターがどんどん面白くなるんですよね。阿部さんご自身も笑わせようとするお芝居を好まれる方ではないのですが、一番素敵だなと思ったのは、一生懸命に演じることで面白くなるということを自覚されているところ。だから、お互いに同じ目線で一緒にシーンを作っていったという感覚があって、たまにやりすぎた時は、「それは無しにしましょう」とか、面白かったら「乗っかりましょう」とか、前向きな意見交換ができたので、とてもやりやすかったです。
――特に印象に残っているシーンはありますか? できれば舞台裏のお話もお伺いできると嬉しいです。
山田監督:最初に死体を見つけて一心不乱に逃げるシーンですかね。阿部さんは早い段階から、山縣が早くその場から立ち去りたいという気持ちに説得力を持たせるために、血がいっぱい出ていたほうがいいと提案されていたんですが、実際にそれで撮影してみると、確かに抜群の効果がありました。現場でよくモニターをチェックし、納得がいくまで調整しながら演じられていた姿も印象に残っています。

――阿部さんの体を張った崖落ちアクションも見応えがありました。とても60代とは思えない筋肉も素晴らしかったし。
山田監督:壁から降りる時も、一度ちょっとふらつくとか、細かい動きの見せ方に経験の豊富さを感じました。たぶん、何度もあのようなシーンをやられている人の演技だなと。ラストの立ち回りのシーンも印象的で、撮影が長引きそうな感じになってきた時も、「これは朝までかかるよね」と楽しそうに語る姿にも余裕が感じられ、さすが百戦錬磨のベテラン俳優だなと感服しました。
――容疑をかけられた山縣を追う謎の大学生・サクラ役の芦田さん、山縣にいい印象を持っていない取引先の若手社員・青江を演じた長尾さんに関してはいかがでしょう。お二人とも素晴らしい演技だったと思います。
山田監督:脚本上、サクラをどう表現するかとても不安だったのですが、芦田さんの演技は完璧で、特に“汚いセリフ”をぶちまけるシーンは一発OKで撮影できました。彼女は天才だと思います。 特に感銘を受けたのは、悪態をつく直前、車のドアを開けたときの睨みつけ方が素晴らしく、それが汚いセリフをより際立たせているんですよね。あと、カメラが特にフォーカスしていないところでもサクラに成りきっていて表情も完璧でした。


長尾さんが演じた青江は、二面性があり、何を考えているかわからない。見方によって印象が変化するキャラクターなので、とても難しかったと思いますが、彼は直感的に青江を捉えていたような印象を受けました。演技のセンスが凄くいいので、今後も楽しみな俳優だと思いました。

●いろんな視点で映画を楽しんでほしい
――SNS社会の危うさ、家族の絆の大切さと共に、「自分自身のことが全く見えていない」という昭和世代の主人公の悲哀も身につまされました。本作で山田監督が映画を楽しんでいただきながらも「これだけは伝えたい」という推しポイントがあれば教えてください。
山田監督:僕も昭和世代なので、山縣が少しずつ自分自身に気づいていく過程は考えさせられるところはありましたが、もともと原作が“世代間の闘争”というものを大きなテーマとしていて、SNS問題だけに絞り切らず、どんどん色んな話が絡んでくる物語なので、本作も多様な切り口を大切にしながら映像化したつもりです。ですから、老若男女、各世代の方がそれぞれの角度、それぞれの視点で映画を存分に楽しんでいただけたら嬉しいです。

――最後に、これから本作をご覧になる方、あるいはリピーターの方にメッセージがあればお願いします。
山田監督:特にラストシーンが気に入っているので、そこを推したいところですが、ネタバレになってしまうので、乞うご期待といったところでとどめておきます。あとは、SNSの表現にかなり力を入れたので、そこも大きな見どころですかね。特別な仕掛けがあって、2回観ると気づいていただけるかもしれない要素を随所に仕込んであるので、ぜひリピートして見つけていただきたいです。
それからもう一つ、阿部さんのクセにも注目です。これはファンの方にチェックしていただきたいのですが、例えば、右に曲がろうとした時に、一度左に行きかけて右に行くとか、店の外に一度出ようとして戻ってくるとか、そういう行動が何度もあったんです。これは演出ではなく、阿部さんのクセというか、演技の型なんでしょうね。途中からだんだんわかってきたので、その動きを先読みながらシーンを作っていきました。あとは、麺類ばかり豪快に食べているシーンもぜひチェックしてみてください(笑)
取材・文・写真:坂田正樹
<Staff & Cast> 出演:阿部寛、芦田愛菜、藤原大祐、長尾謙杜、三宅弘城、橋本淳、板倉俊之、浜野謙太、美保純、田島令子、夏川結衣/原作:浅倉秋成『俺ではない炎上』(双葉文庫)/監督:山田篤宏/脚本:林民夫/音楽:フジモトヨシタカ/主題歌:WANIMA/🔥おっかない🔥(unBORDE/WARNER MUSIC JAPAN)/配給:松竹 ■公式HP:https://movies.shochiku.co.jp/oredehanai-enjo ■公式X:https://x.com/enjo_movie ■公式tiktok:https://www.tiktok.com/@enjo_movie

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