今年6月15日、惜しまれながらAKB48を卒業した村山彩希(むらやま・ゆいり)。劇場を中心にアイドル活動にまい進していた2年前、俳優として撮影に臨んだ戦後80周年平和祈念作品『ハオト』が、奇しくも卒業後初の映画公開作として8月8日より公開される。「卒業など全く考えていなかった」という撮影当時を振り返りながら、グループから離れた現在の心境、そしてこれからの芸能活動について話を聞いた。

本作は、2005年、下北沢の本多劇場で初上演され、観客から“『カッコーの巣の上で』に匹敵する作品”と絶賛された同名創作舞台を、『いちばん逢いたいひと』(本作にも出演しているAKB48の倉野尾成美 主演)の丈監督が映画化した戦争ドラマ。太平洋戦争末期の東京郊外にある精神病院を舞台に、時にユーモア、サスペンス、ファンタジー要素も織り交ぜながら、特異な患者たちとの対比を通して、「戦争なら人を殺してもいい」という外界の狂気を浮き彫りにする。原田龍二、片岡鶴太郎、三浦浩一らベテラン俳優に囲まれながら、村山は、21世紀を生きる未来の男性と交信するため伝書鳩を飛ばし続けるキーパーソン・藍を好演している。


◉人間・村山彩希と初めて真正面から向き合えた
――AKB48を卒業して約1ヵ月(7/10取材)が経ちましたが、今、どんな心境ですか?
村山:長い間、団体で活動してきたので、一人になった瞬間、心にポッカリ穴が空いた感じになりました。メンバーのためにがんばる自分が好きだっただけに、「自分のためにがんばる自分って何なんだろう?」って。アイドルをやり切ったという思いはあったのですが、ちょっぴり悩みましたね。
――突然、メンバーが周りにいなくなった寂しさもあったんでしょうね。
村山:めちゃめちゃありました。あまりにも寂しくて、自分からメンバーに会いに行ったり、ライブを一緒に観に行ったり、率先してコミュニケーションをとっていました。たぶん、卒業を前に、「最後だからやれることは全部やっておこう」という思いから、自分で自分を忙しくしてしまったので、全てが終わった瞬間、心にギャップが生まれたんだと思います。ただ、これまで「アイドル=ゆいりーとしてどう見えるか」しか考えてこなかったのですが、初めて一人の人間として“村山彩希”と真正面から向き合うことができたので、そこはポジティブに捉えています。



――卒業後、本作の公開、そして舞台「新・幕末純情伝」と演じる仕事が続いていますが、役者としての活動はいかがですか?AKB48の劇場公演とは全く違った緊張感があると思いますが。
村山:これまで歌とダンスがメインだったのが、卒業した途端に“演技”というものにガラッと変わったので、そこに対する免疫がなく、また研究生に戻ったような気分です。正直、今は不安でいっぱいですが、その反面、AKB48劇場以外のステージでも輝けるよう「がんばるしかない!」という前向きな自分もいるので、一人になった寂しさも含めて、いろんなことに葛藤している感じですね。
◉なるちゃん(倉野尾)とあまり会えなくて寂しかった
――現在、「新・幕末純情伝」の稽古が佳境を迎えているので、余計に演技に対してナーバスになっている時期かと思いますが、『ハオト』に関しては、撮影がちょっと前になりますよね?
村山:約2年前です。まだ卒業なんて全く考えていなかったし、むしろAKB48に全力を尽くしていた時期だと思います。
――それが「新・幕末純情伝」と同じ8月8日に初日を迎えるって面白い巡り合わせですね。
村山:本当ですね。両作とも演技の仕事ではありますが、作風も、役柄も、私が置かれた状況も、全てが違いすぎて、ファンの方にとっては面白いんじゃないかなと思います。
――『ハオト』に出演することになった経緯を教えていただけますか?
村山:なるちゃん(倉野尾)の出演は先に決まっていたらしいのですが、その繋がりで丈監督がAKB48劇場に足を運んでくださって、ステージ上での私のパフォーマンスを気に入っていただいたのがきっかけです。ただ、戦後80周年平和祈念作品という節目の作品に、自分がまさかキャスティングされるとは思っていなかったので、「果たして務まるだろうか…?」という不安の方が大きかったですね。

未来の男性と交信するために伝書鳩を飛ばし続ける藍という役柄だったんですが、丈監督から「あなたはこの映画のキーパーソンです」と何度も言われ、プレッシャーも日に日に大きくなり、さらに現場に入れば、原田龍二さんをはじめベテランの豪華俳優がずらり…。緊迫したシーンも多かったので、本番はおろか、リハーサルから想像を絶する緊張感でした。ただ、当時はAKB48という圧倒的なホームがあったので、プレッシャーはあったものの、今より気負いはなかったように思います。
――同じAKB48の倉野尾さんが現場にいてくれたことも大きかったのでは?
村山:それが長野県佐久市というところで撮影をしていたんですが、なるちゃんは連泊が多く、私は日帰りばかりで、撮影のタイミングが全然合わなかったんです。出演者にメンバーの名前があるだけで心強かったことは確かですが、やっぱりちょっと寂しかったですね。新幹線も生まれて初めて一人で乗って、バイバイも言えずにとんぼ返り…そんな感じの撮影でした。
◉子役出身という肩書が重荷だった
――完成した映画をご覧になったかと思いますが、どんな感想をお持ちになりましたか?
村山:特に若い方にとっては、戦争という想像を絶する世界と物語の中で対峙することになるので、理解を深めるためにも、できれば3回は観てほしい作品ですね。たぶん何度か観返すと、心和らぐ瞬間というか、戦争が始まる前の幸せだった頃の背景も観えてくるし、いろんな視点が生まれてくると思うんです。そんな中で藍役を演じさせていただいたんですが、終わってみれば、確かに物語の鍵を握る凄く重要な役柄だったなと実感しています。経験豊富なキャストの皆さんに助けられながら、なんとか最後までやり遂げましたが、戦後80年平和祈念の節目の作品、ちゃんと背負い切れたのかな?と思うと、不安で仕方ありません。

――先程から演技に対する不安感を吐露されていますが、村山さんはAKB48に入る前は子役として活躍されていたんですよね?
村山:ミュージカルや演劇に結構出ていましたが、私の意思ではなく、母が作品を見つけてきたり、オーディションに応募したり、全部やってくれていました。小さい頃はそれなりに楽しんで舞台に立ってはいたんですが、物心がつき始めた頃から演じることが凄く苦手に思えてきて…「この状況から逃げ出したい」という気持ちがだんだん強くなってきたので、1度芸能界から離れたんです。改めて思うのは、子役の経験が生かせる子もいれば、子役をしていたという肩書きが重荷になる子もいて、私は後者だったのかなと。でも、歌ったり、踊ったりすることは大好きだったので、結局は(AKB48のメンバーとして)また芸能界に戻ってきたわけですが。

――でも、苦手なことほど、努力して、自分を磨いて、決死の覚悟で現場に臨むと思うので、もしかすると俳優業が生業になるかもしれませんよ。
村山:どうなんでしょう。私としては、まさか演じることとまた向き合う日が来るとは思っていなかったので、戸惑うばかりですが、自分の得意なジャンル、苦手なジャンルが明確になって、それをちゃんと表現できるようになったら、光が見えて楽しいんだろうなとは思います。
◉これからの“村山彩希”の伸びしろに期待したい
――改めて13年半のアイドル活動を振り返ってみると、頭の中に最初に浮かぶものは何ですか?
村山:一番記憶に新しいということもあって、やはり最後の公演が鮮明に甦ってきますね。あと、質問の答えから少々ずれるかもしれませんが、自分の顔つきの変化に驚きました。先輩を見ていて、卒業を発表することによって顔つきが変わる方が結構いたんですが、自分はきっと変わらないだろうなと思っていたんです。ところがいざ発表すると、どんどん“卒業していく人の顔”に変わっていったんですよね。人生の中で大きな決断を下すと、こんなにも表情が変わるのかと、自分で自分にびっくりしました。
――今、演技の仕事続いていますが、これから“村山彩希”はどこへ向かっていくのでしょう。
村山:私は自分で自分の話をすることが苦手なので、誰かの役に成り切って、そこに自分の感情も乗せて伝えることができるようになれば、演じることがもっともっと楽しくなるかもしれませんね。今回の『ハオト』のように、生きたことない時代を藍という役を通して生きたことで、知る世界もあると思うので、そういった面では、ざっくりですが、村山彩希の伸びしろに期待している部分はあります。
――映画、舞台、テレビ・配信ドラマといろいろありますが…やはりアイドル時代、シアターの女神と言われていただけに、舞台が主戦場になって行きそうですか?
村山:映画やテレビ・配信ドラマからオファーがあれば、もちろん今後もチャレンジしていきたいと思っています。ただ、おっしゃるように、私にとって舞台は特別なもの。客席にいるその人たちを直接感動させる、というライブ感が大好きなんです。お客様の反応を自分の目で確かめられるので、いい反応があれば一番早く自信につながりますし。卒業後、初の舞台も控えていて、今は不安しかありませんが、ここで踏ん張れないとこの先やっていけないと思うので、自分の伸びしろを知るためにもがんばりたいと思います。
(取材・文・写真:坂田正樹)

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<Staff & Cast> 出演:原田龍二、長谷川朝晴、木之元亮、倉野尾成美、村山彩希、三浦浩一、二瓶鮫一、植松洋、マイケル富岡、金城大和、バーンズ勇気、片岡鶴太郎(特別出演)、 高島礼子/監督・脚本・プロデューサー:丈/配給:渋谷プロダクション/製作:JOE Company 2025/日本語/STEREO/アメリカンビスタ/117分/公式サイト:http://haoto-movie.com/

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