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SEP 05, 2024 インタビュー

恐怖描写を取捨選択する検閲官に忍び寄る悪夢!問題作『映画検閲』 プラノ・ベイリー=ボンド監督が ホラー映画の真髄に迫る

<Introduction> 有害な映画<ビデオ・ナスティ>ムーブメントと英国政府による映像検閲・規制の激化を背景に、“平和社会のため”に過激なシーンをカットする映画検閲官が、暴力的な映画の世界に取り込まれていく恐怖を描く異色のサスペンスホラー『映画検閲』が、9月6日(金)より新宿シネマカリテほかで全国公開される。

メガホンをとったのは、「いま観るべき 10 人の監督」(Variety)にも選ばれ、本作が長編 デビュー作となった気鋭の女性監督プラノ・ベイリー=ボンド。サンダンス映画祭、ベルリン国際映画祭、シッチェス・カタロニア国際映画祭など世界の名だたる映画祭で、批評家たちから高い評価を獲得したプラノ監督に、検察官を主人公にした奇抜な物語を着想し、映像化するに至った経緯を聞いた。

プラノ・ベイリー=ボンド監督

<Story> 1980 年代、サッチャー政権下のイギリス。暴力シーンや性描写を売りにした過激な映画<ビデオ・ナスティ>の検閲を担当するイーニッド(ニアフ・アルガー)は、その容赦ない冷徹な審査ゆえに“リトル・ミス・パーフェクト” と呼ばれていた。ある日、イーニッドがいつも通り作品をチェックしていると、ホラー映画の出演者の中で、幼い頃に行方不明になった妹・ニーナに似た女性を発見し、次第に虚構と現実の狭間へと引きずり込まれていく。妹の不可解な失踪と未だ向き合えていないイーニッドは、真相につながるかもしれない不気味なホラー映画と、いかにも怪しい映画監督の背後にある真実を解き明かすことを決意する。

検閲官役のニアフ・アルガー

●プラノ・ベイリー=ボンド監督単独インダビュー

ーーホラー映画と映画検閲を結び付けたとても秀逸な脚本と演出に驚きました。この着想は、何をきっかけに生まれたのでしょうか?

プラノ監督:ハマー・ホラー(1950~70年代、英国の制作会社ハマー・フィルム・プロダクションから生まれたホラー作品)の特集記事の中で検閲官の仕事について書かれていたんですが、当時は今よりもルールが緩かったにもかかわらず、女性の胸に血痕が少し付いているだけでカットの対象になっていたそうなんです。なぜなら、このシーンを観た男性が触発されてレイプに走るかもしれない…と考えられていたから。それを読んだ時、ショックを受けたんです。当時の検閲官はほとんど男性で、彼らが自分たちで「男性が影響を受ける」と冷静に言っているわけですが、だったら、毎日過激な映像を観ているあなた方検閲官はどうなんだと。そこから疑念を抱くようになりました。

ーー検閲官という立場があるからかもしれませんが、レイプに走る男性がいる…という発言、「自分たちは入っていない」ということを内包しているようにも聞こえますね。

プラノ監督それを裏付けるように、英国の映像検閲の上層部の方があるメディアで「私たちは高等教育を受けているから問題ないが、貧しい環境の中で育った教養のない人たちが観たら、ストレートに影響を受けてしまう」みたいな発言をされていたんですね。つまり階級主義みたいな背景も少なからずあったようなので、そこから徐々に検閲、特に映画の検閲について掘り下げたいという思いが強くなりました。

――検閲という行為を“正義”として信じるがゆえに、自身が検閲したものから影響を受けてしまう…本作の斬新な物語は、そういった背景から想起されたんですね。ただ、主人公を女性にしたのはなぜですか?

プラノ監督:最初は男性だったんですが、私自身の心の奥底にも、「もしかしたら悪い人間が存在しているかもしれない、それを掘り下げてみたい」という思いがあったので、女性を主人公にして、より幅広く描きたいと考えました。検閲で観た映像を心の奥底でずっと抑圧し、無視してきたけれど、その鍵が外れてしまう…そこから物語を展開させようと思ったのですが、主人公イーニッドはどんな人で、どんな過去があるのか、ここは相当考えましたね。

――妹の不可解な失踪を大人になった今も受け入れられない…という設定にしたのはなぜでしょう。

プラノ監督:そこに至ったのは、「曖昧な喪失」ということにも興味があったからなんです。つまり、妹に何が起きたのか真相がわからないわけですが、そういう状況の時、人間というのはイマジネーションで埋めてしまうところがある。曖昧さから生まれる喪失感が人間にどんな影響を与えるのか…そういうところにも踏み込みたかったので、この2つを軸にして物語を作っていきました。

●映画検閲官、実はパートタイマーばかり?!

――そもそもの話になりますが、主人公のイーニッドはなぜ検閲官になったのでしょう?逆に妹の失踪がそこに導いたきっかけになっているのでしょうか。

プラノ監督:脚本を執筆している時、イーニッドを演じてくださったニアフさんと、「なぜ彼女は検閲官になったんだろう」ということはかなり話し合いました。そういった中で、いろいろ検閲官についてリサーチを重ねていくと、面白いことがわかったんです。実は検閲官ってパートタイムでやっている方が多く、児童心理学者だったり、警察官だったり、ソーシャルワーカーだったり、それこそ映画関係者だったり、俳優さんだったり…いろんな職業の方いるんですね。そこには、さまざまな専門家がさまざまな視点から検閲しようという狙いがあると思いますが、イーニッドの場合も、そういう参加の仕方をしているんじゃないかと。

また、妹の失踪が検閲の仕事に従事することに直接関係があるのか、ということに関しては、やはり妹を何か有害なものから「守りたい」という気持ちを持っていたにも関わらず、「守れなかった」というところに繋がっていると思います。イーニッドの場合は、周りの人たちを守るために、まず、犯罪のきっかけになりそうな映像はすべて切ってしまう。その容赦ない冷徹な姿勢こそが、実は彼女の問題の核心でもあるのです。自分の中にあるかもしれない悪の部分を認めたくないがために、それが顔を出しそうなきっかけを隠してしまおうとする。結局、人生で1度も自分の中の悪と対峙したことがない…そこがこの映画の肝になっていると思います。

●「ビデオ・ナスティ」の恐怖演出は心を蝕むのか?

――本作は、恐怖演出も素晴らしく、ダリオ・アルジェント監督や(『サスペリア』)やルチオ・フルチ監督(『サンゲリア』)など、VHS全盛の時代に隆盛を極めたホラー映画作家へのリスペクトに溢れた作品となっています。彼らの演出法から学んだものが随所に生かされているように思いました。

プラノ監督:そうですね。今回は検閲シーンが数多くあるので、本編の中で使う架空の映画も撮ったのですが、その作業がとても楽しかったです。「ビデオ・ナスティ」(1980年代英国で有害な映画という烙印を押された映画)が論争を巻き起こしていた当時の作品リストを片手に、どの作品を参考にするか、あらかじめ決めて撮影に臨んだのですが、当然、アルジェント監督やフルチ監督の作品もその中にありましたし、色彩も含めた彼らのワイルドな作風は、私のインスピレーションを大いにかき立てました。一部、とんでもなく質の悪い作品もあって、そこがまた「ビデオ・ナスティ」の楽しいところでもあるし、好きなところでもあるんですが、そういう作品をあえて参考にして映画を作り、検閲の対象になる映画として本編で使ったりしました。

――「ビデオ・ナスティ」を彷彿させる映像の中で、ニアフさんは悩める検閲官を見事に演じていました。

プラノ監督:本作においてニアフさんの存在は欠かせませんでしたね。彼女がイーニッドというキャラクターの思考を全てスクリーンで表現してくれましたから。本当に素晴らしい俳優さんだと思います。また、演出的な仕掛けで言えば、グレーな世界からイーニッドの物語が始まるわけですが、徐々に心理状態が変化していくと、彼女が検閲で観た「ビデオ・ナスティ」の映像が少しずつ現実世界に染み込んでくるんです。それは色彩であったり、光の感じであったり、イーニッドのリアルワールドにどんどん侵食してくる。ただ、その一方で、「彼女は今何を考えてるのか」ということを観客の方にどう追跡してもらえばいいのか、というところはすごい悩みました。通常だったら大親友とかがいて、気持ちを 吐露してもらえれば伝わるんですが、彼女は誰も支えてくれる人がいないし、そもそも寡黙なキャラクターなので、セリフでは表現できない。そうなると、全ての画、音、表情が、彼女の内にある景色を表現するものでなければならない。そこはカメラアングルも含め工夫が必要でした。

――イーニッドの心情に寄り添うような音楽もとても印象的でした。

プラノ監督:実は作曲を手掛けたエミリー(・ルヴィエネーズ=ファルーシュ)さんが、映像は一切ご覧にならず、脚本だけ読んだ段階で曲を送ってきたんです。もともとクラシックのピアニストなんですが、私が想像していたものと全く違っていたので驚きました。ただ、彼女が送ってくれた劇伴は、息遣いとか肉声とか、いろんなものが入り混じった有機的なものだったんですね。それがすごくイーニッドにぴったりだなと。ニアフさんに、「イーニッドはずっと自分の腹の中になんか病んでいるもの、 何か重たいものをずっと抱えている」とよく言っていたんですが、その気持ち悪さというか、重さみたいなものが見事に表現されていたと思います。

――ちなみに本作は、検閲官とかなり闘ったんでしょうか?

プラノ監督:いえいえ、闘いなんて全然なかったです(笑)。逆にリサーチにすごく力を貸してくれて、『悪魔のいけにえ』とか、『死霊のはらわた』とか、当時どんな検閲のメモがあったのか、惜しげもなく見せていただきました。それって何ものにも代えがたい価値のあることですよね。もちろん映画が完成した時はしっかり検閲を受けましたが、担当された方が、「こんなにメタな経験、したことない」と笑ってらっしゃって、あまりに面白かったからと、ランチに誘ってくれました。そもそも、あまり世の中に知られていない検閲の現場を描いているわけですが、自分たちの仕事ぶりを描いた映画を、自分たちで観るということに検閲官の皆さんは相当ワクワクしたようです。

●過激な動画サイトに屈しないホラー映画の強みとは?

――最後にフェイク動画や過激なコンテンツがインターネット上に溢れかえる昨今、ホラー映画の在り方をプラノ監督はどう考えていますか?

プラノ監督:動画サイトの過激な映像を一掃する『ソーシャルメディアの“掃除屋”たち』(2018)という映画がありましたが、「ビデオ・ナスティ」の影響力を映画化した身として、そこは私自身も悩んでいるところです。確かにすごく歪んだもの、あるいは恐ろしくリアルな映像をオンラインで見たいっていう方も実際にいるわけですよね。ホラー映画の世界でも、作家によっては限界をおしのけておぞましい作品を作っている方もいるけれど、多くの場合は、ある種安全な場所で、ちょっと怖い体験をすることによって、解放感みたいなものを感じさせるエンタテインメントとして存在している。映画と現実世界に境界線があること、しっかり企画を練って作り込んでいること、そこがホラー映画の魅力ではないでしょうか。

あとはトレンドのサイクルもありますよね。例えば1990年代にスラッシャー映画が増えたのは、1980年代にホラー映画が数多く成功したからであって、最近で言えば、すごく質の高いホラー映画が続出したので、この後はしばらく質の良くないホラーがたくさん来くるかもしれない(笑)。ただ、世界がホラー映画に飽きることはないんじゃないかなと思っています。現実世界の恐ろしい光景よりも、自分自身についての何かを学ぶきっかけにもなるし、カタルシスを経験することもできる…多くのホラー映画は、ただ恐いだけでなく、そういう側面も持っているからこそ、今も生き残っているのではないでしょうか。

(取材・文:坂田正樹)

<Staff & Cast> 監督:プラノ・ベイリー=ボンド/脚本:プラノ・ベイリー=ボンド、アンソニー・フレッチャー/出演:ニアフ・アルガー、ニコラス・バーンズ、ヴィンセント・フランクリン、マイケル・スマイリー /2021 年 /イギリス /英語 /84 分 /カラー /1:2.39 /5.1ch /R15+ /原題:CENSOR /字幕翻訳:小河恵理 /配給:オソレゾーン
© Censor Productions Ltd/ The British Film Institute/ Channel Four Television Corporation/ Ffilm Cymru Wales 2020, All Rights Reserved.

9.6 (Fri) 新宿シネマカリテほか 全国緊急拡大公開

映画『映画検閲』は9月6日 (金) より新宿シネマカリテほか 全国緊急拡大公開

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