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DEC 27, 2023 劇場公開作

本年度最高傑作!役所広司の佇まいに人生の“機微”がこぼれ落ちる『PERFECT DAYS』の浄化力

最後の最後に出会った今年NO.1の映画『PERFECT DAYS』(公開中)。それは、還暦を迎えた筆者自身の人生観が変わるほど、静かに、そして温かく、衝撃的だった。

世間知らずの若造の頃、ライター、編集者という仕事がなかなか軌道に乗らず、喫茶店やマンション、ビルの清掃のアルバイトをしていた時期がある。「俺には夢がある。食えなきゃ清掃でも皿洗いでも新聞配達でもなんでもやるさ」…一瞬、熱い夢追い人の潔い言葉に聞こえるが、これって完全に、清掃、洗い場、配達の仕事を急場しのぎの最終手段として、ヒエラルキー底辺に見ている発言だ。思い上がった筆者は、当然現場でプロの洗礼を受け、その道の厳しさ、極意を突きつけられ、適当に仕事をこなそうものなら、「お客から掃除が雑だとクレーム来ているぞ!」と喝を入れられ、場合によってはクビを宣告されそうになったこともある。どこの世界も、どんな仕事も、甘くないことを心身に刻んだ時期でもあった。

そんなことを回想しながら、役所広司主演、ヴィム・ヴェンダース監督最新作『PERFECT DAYS』を観た。きっとベースは、トイレ清掃という職業に誇りを持ち、生きがいを感じながら人生を謳歌する男の物語なんだろう…と短絡的に予想していたが、あながちはずれてはいないものの、そんなどこにでも転がっているチープな話にこの映画は終始しない。むしろ、物語らしき物語は、ちょっぴり波風が立つ程度。

役所演じる平山は、日の出とともに目覚め、自販機で缶コーヒーを買い、掃除用具がギッシリ詰まった自前の車で現場に向かい、黙々と仕事に勤しむ。休日はコインランドリー、古本屋、そしてお気に入りの女将がいる小料理屋で一杯。読書と古い洋楽と鉢植えをこよなく愛し、その繰り返しの日々をドキュメンタリーのように淡々と記録していく。トイレ清掃を生業とするおじさんの生活を何度も何度も繰り返す、ある意味大胆なヴェンダース監督のアプローチが、やがて心地よいリズムとなってどんどんスクリーンの中に引き込まれていく。

それにしても、なぜこんなにも、平山の暮らしが心地いいのだろう。試写の帰り道、ぼんやり考えていたら、ふとマラソン中継を思い出した。もちろん解説のフォローや抜きつ抜かれつの攻防もあるが、基本は42.195kmという長距離をひたすら走っている選手の表情や動きを見つめているだけ。結果だけ聞けばいいものをわざわざ2時間半時間を割いて、しかも釘付けになっている自分がいる。選手たちの走るリズム、平山の暮らしのリズム…同じように刻むリズムの中に何があるのだろう。多分、ここに人生の“気付き”のポイントがあるんじゃないかと思えてきた。

今、筆者自身、負のリズムに呪縛されている。明けても暮れても取材に追われ、原稿書きに追われ、頭の中は混乱し、挙げ句の果てには届いた貴重な試写状が2ヶ月前に終わっていたりする。いわゆる忙殺だ。それでもこの仕事を始めて数年は苦しみと喜びを交互に味わうライターの醍醐味をそれなりに謳歌していたが、今では「こんな生活、いつまで続けるんだ?」と自問自答するほど、<取材→原稿書き→締切><取材→原稿書き→締切>がパッケージ化されて、日々生まれている新しい出来事や喜び、感情の変化を見過ごす不感症状態に陥っている。

必死に走るマラソン選手も、トイレ清掃に勤しむ平山も、ともすれば、「大変だな」「こんな生き方もあるんだな」などと無機質な感想で終わってしまいそうなものだが、ここまで心を鷲掴みにされるのはなぜか。明確な答えは見つからないが、ただ、淡々と繰り返す時間の中に、他者にはわからない発見やドラマ、感動が彼らの体内を駆け巡り、何か人生の“機微”みたいなものが無意識のうちにこぼれ落ちているのかもしれない。そしてそのこぼれ落ちたものを流れのままに拾い集めているうちに、心がどんどん浄化されていくような…特に『PERFECT DAYS』を観ていると、そんな感覚を持ってしまうのだ。

ヴィム・ヴェンダース監督

「ちゃんと人生を見つめてごらん、小さな幸せがいっぱいあるじゃないか」と誰かに言葉で諭されると、「何をきれいごと言ってるんだ」「そんなこたぁ、頭ではわかってる」と猛烈に反発したくなるが、語らずとも、まるで“木漏れ日”のようにその生きざま、その背中、その表情の動きからこぼれ落ちる人生の機微は、素直に心に沁みてくる。

「こんなところに住んでるのね?」「なんでこんな仕事、続けられるの?」。ボロ家に住みながらトイレ清掃に勤しむ平山を憐れむ言葉も、彼にとってはただの落書き。くだらない雑音をかき消すように平山は、今日もどこかでトイレをピカピカに磨き続けていることだろう。(バックヤード・コム編集部:坂田正樹)

役所広司

<Introduction> 『ベルリン天・使の詩』などの名匠ヴィム・ヴェンダース監督が、東京・渋谷の公衆トイレで働く清掃員・平山(役所)の何気ない日常をドキュメンタリータッチで描いたヒューマンドラマ。第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞(役所)したほか各国の映画祭で高い評価を受け、第96回アカデミー賞国際長編映画賞15作の最終候補作リストに入ったことも発表されていた(12月21日現在)

<Story> 東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所)は、 静かに淡々とした日々を生きていた。 同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。 その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、 同じ日は1日としてなく、 男は毎日を新しい日として生きていた。 その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。 木々がつくる木漏れ日に目を細めた。 そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。 それが男の過去を小さく揺らした。

<Staff&Cast> 監督:ヴィム・ヴェンダース/脚本:ヴィム・ヴェンダース、 高崎卓馬/製作:柳井康治/出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和/製作:MASTER MIND 配給:ビターズ・エンド/2023/日本/カラー/DCP/5.1ch/スタンダード/124 分/公式サイト:perfectdays-movie.jp

ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd.

映画『PERFECT DAYS』12 月 22 日(金) より TOHO シネマズ シャンテほか全国公開中


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